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ARABIA社(iittala)へ行く途中のヘルシンキにて

はじめに


陶磁器に関わる仕事をしています 阿部 薫太郎 (あべ くんたろう) です。花巻市出身と言っているものの、正確には小学校から高校まで。父が教員だったので もう閉校してしまった様ですが岩手県立一関農業高等学校の宿舎 、一関市 赤萩で生まれました。

一関市での幼児期

農業高校が歩いてすぐ、また牛や豚もいましたので小さい頃は一人でよく敷地内へ行って遊んでいました。
覚えているのは畏怖さえ感じるほど綺麗なツノをもつ”カービン”という名の黒い牛。
牛舎の2階に収納されていた四角い干草の匂いとふかふかさ。
潰すとけむりを出す袋茸が自生する秘密の場所。

その中でも特に印象深いのは、牛の出産の日 朝早くから起こされ数人の職員が少出てきている子牛の足を引っ張るという光景。
無事出産を終えたご褒美に搾りたての牛乳を振る舞われたのですが殺菌前なので子供(当時5〜6歳)の私は途端に目ヤニが出てきてしまい皆にとても心配された事を思い出します。

小学校に入る前の一関市では自然児の様な生活で、得意なのは木登り、毎日膝が完治する前に擦りむいていました。風呂に入るのがキツかった。
ヘビが好きだったので捕まえてポケットに入れて帰宅母親を驚かすこともありました。当時 将来なりたい職業:ヘビ博士 笑

近所の農家さんがよく農産物を持ってきてくれ ”初物は笑って食べろ”と良く言っていました。どういうことかというと今となっては季節の恵みを笑顔で食せということなんだと思いますが、家族でわざとらしく"ワッハッハ パク"とやっていたくらい、春の山菜 秋のきのこは豊富にありました。

秋のきのこで笑えない事件が起こりました。

父の教職員仲間できのこ採りに行ったある日の事
今日はたくさん取れた と解散、私の家でも当然きのこ三昧の夕食。
参加した各家庭も きのこ尽くしの食卓だった事でしょう。

私はもう寝ていたんだと思います。夜ふけに電話の音。
起きると玄関のドアが開いていて両親、妹が外で嘔吐していました。
たくさんの きのこの中に1種 ツキヨタケ というものが紛れていたとのこと。
https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/kinoko_06.html

一緒に行った家族からの電話や、病院への電話で大騒ぎ。
幸いにも私はそれを口にしなかったのでしょう。

こんな運の強さも持っています。

外の暗闇に無造作に捨てられた今日採取した大量のきのこその中でツキヨタケは暗闇で怪しく発光しておりました。

子供に無殺菌の牛乳を飲ませたり、毒キノコを食べさせた不注意な両親の住む 岩手県花巻市 に2022年4月に舞い戻り同居を始めました。
花巻は父方の実家です。

これから陶磁器の話、食の話、自分の話、波佐見町、花巻市 等々
ラフに書き込んで行くつもりです。
どうぞよろしくおねがいいたします。

(リンク先の方々使わせていただき、ありがとうございます。)

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