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戦闘服からヘッドセットへ 30 ~最終回④  決意と未来 ~



 ベテランSVは「おっ」という表情でPCから顔を上げた。
 フロア内が混み合っている時に起こる独特の空気が漂い始めたと敏感に察知したようだった。
 そのSVは天井から吊るされた映像画面を見て、込み具合はどうかを確認した。案の定、多くのお客が待機している事がわかった。

「うーわ、まずいな」

 全チームリーダーのみが閲覧出来るグループチャットから、「お願い!ASVで電話対応に入れる人いない?」と要請を上げるも、なかなか返事はなかった。

 そこへ丁度よく、上杉ASVがエスカレを終えた姿が見え、声をかけた。
 上杉が札幌フロアへもどってから、すでに3日が過ぎていた。

「あ、上杉さんですよね?」
「あ、はい。どうかしましたか?」

 なんだ、この男。噂には聞いていたけど変なオーラがあるな。後輩って感じがしない。

「あ、忙しいと思うんだけど、ごめん。この辺りのエスカレは俺が動くから、電話対応に入ってもらっていいかな?」
「あ、クレームの折り返し電話ですか?」
「いやいや、来てもらったばかりでいきなりそんな対応させないよ」
 そう笑いながら、話を続けた。
「ボード観て、混み合ってきたんだ。だから通常の電話対応をお願いしたくて。本当に申し訳ない」

「ああ、ぜんぜん大丈夫ですよ」
 上杉はすぐに準備を始めた。


 この日も佐々木から譲り受けたヘッドセットを装着し、電話対応をするPCの準備が出来ると、チャットで先ほどのSVへ『準備出来ました。対応開始します』と送った。

 久々だし、少し緊張するな。

 混み合っているからという事もあり、電話はすぐに繋がった。

「お電話ありがとうございます。担当の上杉でございます。本日はどのようなお問い合わせでしょうか?」
「あの、あの、申し訳ないんですがね。このスマホのプラン、一番安いものにしたいの。ほとんど使わないから」

 声の感じからすると中年女性かと思われた。今回のお客の依頼は操作とは異なるため、プランや料金の部署で対応する内容だった。
 流れとしてはお客の情報を確認し、担当部署へ転送するというもの。お客の様子はたどたどしく、なんだか違和感を覚えた。

「かしこまりました。それでは、ご契約者様の情報をお伺い致します」
 電話番号に契約者名などを伺い、PCへ入力するとお客様情報が出て来た。

「確認がとれました。ご協力ありがとうございます。それでは、今回は使用頻度が少ないため、一番安いプランへ変更希望、でお間違いないでしょうか?」
「あ、あ・・・。はい、そうなんですが」
 やはり、お客の声色がおかしかった。

「もし、何か聞きたい事がありましたら、お伺い出来ればと思います」

 電話口から小さくため息が聞こえた。

「はい、本当はもう解約しなくてはいけないんだと思うのですが。それが・・・出来ないというか。まだこのままにしておきたくて。使わないのに、契約していて。このままでは駄目なのは分かっているんですけど」
「解約、ですか?」

 女性は少し感情が不安定なようだった。

「これ、息子が使っていたスマホなんです。先日、事故で亡くなってしまって・・・」

 上杉は不意の相談に驚いたが、口をきゅっと結ぶと答えた。

「そうでしたか。それは心中お察しいたします。とても大切なものですよね」

「そうなんです。このスマホの電源がつかなくなってしまったら、本当にあの子がここからいなくなってしまったと認めなくてはいけないようで。・・・どうしても、手放せなくて」

 上杉は彼女の気持ちが痛いほど理解出来た。涙が出そうになり、急いで目を瞬かせた。

「そうですよね」

「ただね、あの子とても高額のプランにしていたから。毎月この金額はきつくて、安く出来たらと」

 その女性が自分自身と重なり、なんとか心穏やかになる言葉はないかと頭を回転させ、ゆっくりと深呼吸してから伝えた。

「スマホの契約はお客様の気持ちが落ち着くまで、好きにしていただいて構いません。また、僭越ではござますが、ご子息様の生きた足跡は消えずに心の中でいつまでも残ると思います」

 やや沈黙があり、お客から少し明るい声が返ってきた。

「そうよね、本当にそうよね」

 お客は噛みしめるかのようにそう言うと、嗚咽を漏らしていた。

 上杉は再び口をきつく結び、左手で目元を隠した。

「本当ね、あの子は私の心から消えないわよね。・・・もう、顔を見る事は出来ないけど」
 電話の向こうから聞こえる声は、先ほどよりもしっかりとしたものに変わったように聞こえた。

「はい、心や記憶から消える事はありません」  



 そうだ。俺と熊さんとの日々は、生涯、消えない。



 先ほどのSVからチャットが届いた。『上杉さん、もう混み合い終わった!今の対応が終わったら少し休憩に入って良いよ』

 上杉は対応を終えるとパソコンを整理し、フロアを出た。



 ああ、そう言えば熊さん東京に居た頃、なんか言ってたな。

 二人は東京在住になっても、仕事帰りに居酒屋へ頻繁に飲みに行っていた。

「虎よぉ、東京エリアの成功に向けて、皆で戦っているけど。仕事も人生も、・・・計画通り、予定通りになんていかない事の方が多いからな」

 上杉は東京エリアがスタートから上手くいっていたため、少し驕りが出始めていた。

「熊さんはいつも俺のタガが外れそうになるとブレーキをかけてくれるな。まぁ、熊さんの言う通りだよ、俺は少し調子に乗り始めてる」

 俺は、いつもの話だと思って、いつもの様になんとなく聞いて相槌していたように思う。



 熊さんはニコリと相好を崩して言った。

「だけどな、虎。予定通り、思った通りにいかないから、人生は楽しんだ」

 そう言うと、手元の酒を一気に飲み干した。

「何があっても、何がなんでも、最後は全部を楽しめ!」


 おう、楽しんでやる。



「あれ、上杉さんですよね?!」
 コーヒーを買おうとカフェテリアへ入ってすぐに声をかけられた。後ろを振り向くと、20代の若い男性二人が目を輝かせ、こちらへ向かって来た。

 どうやら入社してまだそれほどたっていないようだった。

「いきなりすいません。俺、すごく尊敬してるんです」
「俺もです。噂はめちゃくちゃ聞いてます。俺らも熊虎コンビみたいになりたくて、頑張ってて。なぁ?!」

「おう!」

 その二人は目を合わせ、嬉しそうに笑いあった。上杉との出会いに高揚しているようだった。

「おう、ありがとう。嬉しいよ。声かけてくれる新人は少ないんだよ。女性陣は怖がってるみたいだし」

「いや、みんな話しかけて欲しいんですよ。上杉さんから来てもらえたら、めっちゃ喜びます」

 上杉は二人の姿が微笑ましく、何を話そうかと思いながら首元を触れた時、ヘッドセットを首に掛けたままだった事に気がついた。

 なぜか自然と笑みがこぼれた。


「そうかぁ、二人とも上を目指したいなら努力も苦労もするけどやれるか?」

「もちろんっす」
「意外と俺ら、折れないです」

 やんちゃそうなところが昔の自分を見ているようで、愛おしく感じた。


 本当に言いたい台詞は、声にはせず心の中で言った。



 予定通りにいく事ばかりじゃないぞ。でも、一緒に楽しんで仕事しような。

 今はまだ、言わないでおこう。この二人にその時が来るまでは。



 おしまい




 あとがき 💙かりんより🤍

 これまで、大変ありがとうございました!!!
 体調不良などで、なかなか更新出来ない時期もある中で。最後まで読んで下さったこと、本当に本当に感謝しています。
 そのお陰で最後まで走り切る事ができました。熊虎コンビの成長や職場の矛盾を描きたいと思い構想・執筆してきましたが。途中、もう分らなくなったり、しんどくなって、やめたくなる時もありました。
 書ききれて、本当に嬉しい!!!
 やったぁ!!

 良ければ、感想でもなんでもコメントいただけると嬉しいです😊(切なる願い)。

(最終回、全話🤍下さった、チョコさん、まるまるの虫 カメさん、rinrinさん。感謝です!!)

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