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小説 | 炎上屋

「今日も書き込むか...」

俺は炎上させるのが大好きだ。
そのための努力は惜しまない。

企業の不祥事を暴くためには、しっかりと社史から抑えるしIR情報も読み込む。
芸能人の不倫も、その生い立ちからしっかりと調べて、一番言い訳ができないところから攻撃する。

だから俺のツイッターは、かなりの確率で炎上する。
いや、炎上させることができる。
そう言ってもいいかもしれない。


元々は現実世界の受け入れられなさ、成功者への妬みから始めたが、今では生活の一部になっている。俺の書いたツイートで誰かが謝罪することになったり、番組を降板したりするなんて最高だ。

最近だと、オリンピックはかなり盛り上がった。
登場しているクリエイター全員を過去まで含めて全部調べて、今の運営が受け入れられないようなものを見つけ、ツイッターで公開。うまく他のアカウントと連携して炎上させる。この期間中のツイートはそのどれも1万以上のRTになり、実際クリエイターのほとんどが降板した。


楽しい。
やりがいもある。
ただ、今日も仕事に行かないといけない。
誰も注目しない仕事。
ただ言われたことをこなすだけの仕事。
意味がない。



ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った。
ドアを覗くと、黒い服の男が3人立っている。

なんだ?
借金はないし、こんな男たちは知り合いにはいない。

コンコンッ
「エスさーん、ご在宅でしょうか?」

チェーンを掛けてドアの隙間から顔を出してみる
「何か用ですか?」

「ああ、よかったご在宅だったんですね。ちょっとご相談がありまして」

「相談?」

「こちらのアカウント、エスさんですよね?」

そういって男はツイッターのアカウントを見せてきた。
これは俺が運営しているツイッターのアカウントの1つだ。メインに使っているものといってもいい。運営を俺がしているとわかるものは残していないはずだが...。

怪しんでいるのがわかったのか男が言う。
「ああ、すみませんご挨拶せず。こちら名刺になります」

CC国立情報研究所 所長 エム

「CC国立情報研究所?国の機関の方ですか?」

「そうですね。この国の機関です。よろしければお話させていただいても?悪い話ではないと思います」

「わかりました。ちょっと待って下さい」

興味が出てきた。国の機関が、俺に何の用だろう?
会社に、体調不良で欠席の旨の連絡をする。
「わかりました」と機械的に対応される。
俺がいなくても会社が何も困らないことがよく分かる。



--

「CC国立情報研究所ってなんなんですか?」

「CCというのは、サイバーカルチャーの頭文字でして、すっごくザクッと説明するとコンピューターとかインターネットとかに関わる文化のことです。そこの研究をしているのが我々CC国立情報研究所というわけです」

なるほど…インターネットとかだと俺も結構詳しい。炎上させるために割と調べて、使い方等は熟知しているつもりだ。

「そんなCC国立情報研究所の所長さんが、俺に何のようですか?」

「エスさんのツイートは全て見させていただきました。素晴らしいです」

「素晴らしい?俺のツイートが?炎上をさせるだけのアカウントだぞ?」

「そうですね。はっきり言って、天才だと思います。ご自身で気づかれてないだけで。」

俺が天才?何を言っているんだこの男は。からかっているのか。
俺が訝しんでいるのがわかったのか男が説明を始めた。

「こちらのデータを見てください。この国のツイートを要素分解してまとめたものです。ここの特異点、それがエスさんです」

エムと名乗る男は、正規分布のグラフを見せながら説明した。外れたところに一つの点があり、それが俺らしい。

「エスさんのツイートは、この国の中で特異な存在と言えるでしょう。いうならば、『炎上のプロ』です」

なるほど。
たしかにこの国で俺以上に炎上させているやつはいない。そう思う。その意味では間違いなく俺が一番だろう。
得体のしれない男の発言だが、少し嬉しくなってしまった。

「そこでお話があります」

「ああ、なんだ?」

「エスさん、あなたを弊社で雇いたい。お願いできないでしょうか?」

「雇う?」

「そうです。あなたにはぜひ『炎上のプロ』としてうちで働いてほしい。報酬も、年1000万円用意させていただきます。いかがですか?」

「1000万円!? 冗談だろう?」
何を言っているんだ。そんなわけない。

「いえ、冗談なんかじゃありません。1000万円以上の価値がエスさんの炎上にはあります。私達はそう考えています」
冷静そうな顔を赤くし、熱烈に話しかけてくるエム。悪い気はしない。本当なのであれば。

「俺は何の仕事をすればいいんだ?」

「炎上です。もう少し具体的に言えば、関わるすべてのものを炎上させるように動いてほしいと思っています。眼にした記事、たまたま入ったお店、関わる人達、そうした全てを炎上させてください」

「なるほど、まさに『炎上のプロ』というわけか」

「そうです!必要なものはすべてこちらで準備します。いかがですか?」


正直これはかなり魅力的な提案だった。
今の自分がやってる仕事に替えはいくらでもいる。そんな中、この仕事は俺しかできない。これをやるために生まれてきたのかもしれない。

「わかった。やる」

「おおおお、ホントですか!ありがとうございます!」

「これからどうすればいいんだ?」

「こちらに全てお任せください。今のお仕事を辞めた状態で、来月から新しい家もご準備いたします」


新しい人生が始まる。ワクワクしてきた。


 

 

--

新しい生活は快適だった。
マンションは広く、欲しいものはCC国立情報研究所に言えば何でも買ってもらえた。そこで俺は毎日『炎上』させていった。

今までのように有名人、有名な会社だけはもちろんのこと、今まではあまりターゲットにしていなかった企業や人も対象にしていった。アパレルブランド、ベンチャー企業、県知事、などなど。

街のラーメン屋も炎上させた。
気難しいオヤジが、騒いでいた俺たちを注意してきたから、過去まで調べて、オヤジの前歴を暴いて炎上させた。

ツイートの対象と数が増えた結果、フォロワー数も増えていった。
今では日本有数のフォロワー数を誇る。


俺は炎上のための努力は惜しまない。
海外のことをやるために必要なら語学も習得する。
とりあえず、英語と中国語は理解できるようになった。これで多くの海外の出来事も炎上させることができる。

そうするともう影響力はこの国だけにとどまらない。
ある瞬間から、俺は「世界でいちばん有名な男」と言われるようになった。


エムが言った。
「すばらしい。想像以上でした。まさかこれほどとは。。」

まんざらでもなかった。自分しかできないことをしている自信もあった。

「うちの研究所もこれで結構稼がせていただきました。正直言って、数億円ではきかないレベルですね。ほんとにありがとうございます」

「稼ぐ?」

「あ、説明できてなかったですかね?そうです結構稼がせていただいたんですよ」

「どうやって?」

「まぁいろんな形があるんですが、わかりやすいところで言うと、炎上させてほしい企業や相手がいる人がいるってことでしょうか」

「・・・なるほど。だからたまにお前たちは特定の企業や人を持ってきていたんだな」

「そうですね。まぁあとは実は、炎上させたあとにそれを喜ぶ企業に持っていったりもしてました。うまくいくもんですね」

「国の機関がそんなことしていいのか?」

「公には良くないんでしょうね。ただここは私の機関ですし、お金がないことにはできないことも多いので多少のことには目をつぶってもらおうかと」

「そうか」


次の炎上のネタは決まった。


--

CC国立情報研究所の闇

そのニュースが出回り、CC国立情報研究所は閉鎖された。


CC国立情報研究所は、俺の素性をうまく隠してくれていた。だから、俺が外を歩いても気づく人はいなかった。ただ、閉鎖後、俺の素性はすぐにインターネットに曝された。

仮にも「世界でいちばん有名な男」。
俺の本名、顔写真、住所は全てインターネットを利用するすべての人が知ることになった。

炎上させられるということがわかった人たちは、俺との交流を断った。友達はいなくなり、街を歩けば人が離れていく。お店に入ってもサービスを受けられない。俺をいないものとして扱う。


「お金はあるんだ」
そう言っても誰も相手をしてくれない。
まるで透明人間になったみたいだ。



いい匂いがする。
その匂いにつられて、ふらふらと入った店は以前炎上させたラーメン屋。

「オヤジ、1杯」
なんてな。作ってもらえるはずがない。
前の炎上でこの店は全く客が入ってない。現に今も俺以外に客はいない。
恨んでいるはずだ。

オヤジはこっちを見た。
そして、ラーメンを作り始めた。


目の前に置かれたラーメン。
湯気が漂う。
スープを啜る。
麺を食べる。

今まで食べたものの中で一番うまい。
うますぎる。

涙が出る。
でも食べることをやめることができない。

スープを全部飲みほし、オヤジの方を見た。

「どうして?」

その声は震えていたと思う。

「腹減ってんだろ?」




--
今俺は、ラーメン屋で働いている。
炎上させる中で鍛えたマーケティングを駆使して、オヤジの店をまた人気店にするのが直近の目標だ。

ただ、『炎上のプロ』も諦めたわけではない。
炎上しても、それに負けない自分の信念を持っている人達がいることがわかった。そういう人たちがもっと生きやすい世界をつくるために、『炎上のプロ』に何ができるかを考えていくのが俺の人生の目標だ。






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