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Jさんご夫妻


Jさんは91歳男性です。
心臓の病気を持っておられます。
そして脳の病気が原因での
軽い麻痺があるために
室内は杖をついて歩きます。

病気をする前までは
ピアノを弾いて…
絵を描かれて…
多才な方です。
聖徳太子時代から代々続く御自宅を
気が進まない葛藤を感じながらも大切に
守る役割をしてこられたようでした。


Jさんの奥様は
『しとやか』な方です。
穏やかで物静か、上品で優美
あたたかな口調で話されます。
賢くても控えめです、
でしゃばりではありません。
笑顔が可愛らしく素敵な女性です。

『しとやか』言葉を調べると
物静かで上品なさま。
ものやわらかでたしなみがあるさま。
つつしみ深いさま。
そんな風に書かれていました。
言葉通りの印象でした。
独特の雰囲気に惹かれ
Jさんの奥様は、私にとっては、
ここ最近の憧れの人となりました。


そんなご夫婦お二人の関係は
‘自慢の夫’
‘自慢の妻’
お互いに
相手をさりげなく持ち上げます。
ユーモアがあり
不思議と微笑ましい印象なのです。


お休み中のKさんのお手伝いで
お知り合いになったご夫婦です。
Jさんご夫婦に初めてお会いしたのは
7月の終わりでした。
それから3回の対面でした。


ご主人とともに
奥様もいつも一緒に体操のお付き合い。
奥様は、その日も
3人分のタオルを準備して下さいました。
担当した最後の日も
私と一緒にお二人は
タオルで体操を行って下さいました。

Jさんは
タオル体操は
あまりお好きではないようです。
「この人もね、
一緒に体操するでしょう?だから、
元気になってきてね…☺️」
体の辛さから表情も硬いJさんは、
少し表情を崩してそう言いました。
柔らかな笑みでした。
奥様の体調も気遣われています。
奥様のためにもなるからと、
あまり気が進まない体操を
頑張っているようでした。


Jさんは
心臓の病気の影響で、
認知症のような症状が
出てきてしまいます。

「根気が入りますね....」
奥様は、私にだけ、そっと
そんな風に声をかけて下さいました。
ご自身にも言い聞かせているご様子でした。


心臓の働きが弱くなることで
効率よく血液が全身へ行き渡りません。
脳への血流も悪くなるのです。
認知機能面が落ちてくるのは
予測できる状態でした…

「もうボケとる…」
自分の頭が働かない状態にJさん自らは
気づいておられます。
悲しみと諦めが混じったような表情と
ともに一言を呟くJさんに、
かけたい言葉が出てきませんでした。

“運動をすれば脳を鍛えられる”
そんな本も出ているようです…
脳細胞が増えるようです。
神経同士のネットワークも
広がるそうです。
だから運動することで
脳が鍛えられるんだそうです。
そんな最近知った情報を
口に出してみました。
Jさんの方を見ずに…
奥様に向かってでした。
運動は大切です。
けれども、大動脈解離の病気は
命の危険と隣り合わせ…
体に無理はできません。
私は、複雑な心境でした。

Jさんは
いつ倒れてしまうかわからない
解離が起こると死んでしまう…
恐怖を感じておられるようでした。


「先祖代々の仏壇を案内しますよ。」
仏壇の扉をそっと閉めておっしゃいます。
「扉が開いてるとすぐに迎えがくるような気がしてね…ここは閉めて置いてほしいっていつも言ってるんだよ…」

お花や梨…奥にはお供え物がある扉を
そっと閉めてしまったJさんでした。

運動前には、血圧を左右両腕で計測します。
左右差がないか確かめるためです。
心臓や血管に異常がある場合に左右差が
著明に現れることがあります。
担当初回日のことでした。
30mmHgの左右差がありました。
確かめる為に何回も測りました。
測りなおすことでご本人に
余計な心配させてしまうかもしれない…
そうは思うものの普段のご様子を知らない私は、
左右数値の差が気になっていました。
一転して緊張が走る空気の中、
Jさんが私に一言おっしゃいました。
「一喜一憂しない方がいい」
「そう(自分は)思っている」
自分に言い聞かせるような穏やかな口調でした。
ピリピリした空気を和ませるJさんの
気遣いに感じました。
そんなに心配しなくていいよ、
今日の体調はいつもと変わりない…
自分の体調を信じた上で
相手の心情を気遣う
あたたかなJさんのことばでした。
「そうですね。一喜一憂しない方が…いい
本当に…私も、そう思います」
Jさんのことばをゆっくりと繰り返しました。
「かえって心配させてしまいますね…
申し訳なかったです。普段を知らないから
少し気になり過ぎてしまいました。
体調が変わりないから大丈夫。体操中に
何か変わったことがあったらすぐ教えて下さい😊」


体が思うように
動かない
いつ倒れるか分からない
恐怖と
戦っておられるJさんの生活を
思い浮かべてみました。
いつまでこの自分の家で
妻とともに過ごせるんだろう
はっきりと口には出されませんが
そんなことを考えながら
一瞬一瞬を大切に
身の回りのことを
手伝ってほしい気持ちもありながら
自分のできることは自分でする
日々の暮らし
なのでしょうか…

妻と共に過ごす時間は
相手を気遣い丁寧です。
そして
尋ねてくる客人にも気遣い
大切に扱って下さいます。

きっと体調万全で
かっこよい姿で
客人を迎えたかった、
そんな気持ちだったと想像しています。
座っているのも辛い体の状態で
40分間、起きて
お話しして下さっていました。

終わりの時間がきました。

「Jさん、(しんどい中
頑張って下さって…)
ありがとうございました。」

そんな気持ちで
一言伝えました
気持ちが伝わったようでした。
嬉しそうに笑顔で
「いいえ😌…
そしたら、ここでお別れするね」
(見送りたい気持ちがある
けれど体は限界のようでした)

「一回切りだね。
たった一回だ…
あなたは、
忘れてしまうだろうね…」


9月になってお会いしたのは一回でした。


「忘れません」
お二人のことは…忘れません
本当によくしていただいて…」
言葉はうまく出てきませんでした。
「本当に、ありがとうございます」
頭を深々と下げるだけで精一杯でした。


お二人と
いつまでも
お話ししていたい
お話しを聞いていたい

そんな気持ちでした。


紹介していただいた日を含め
3日間のできごとでした。


「またいつか…
お会いしたいですね」
Jさんの奥様も、そんな風に
言って下さいました。

もうお会いできないかもしれない
今日が最後になるかもしれない
そんな風に
3人が感じながら…でした。

Jさんの奥様は
「私、お送りしますね。」
そう言って
お庭をゆっくり通り
暑い日差しの中
私のすぐ前を歩いて行かれました。
そして振り返ります。
「暑いからお気をつけてね」
玄関門から
私が見えなくなるまで
出ていて
見送って下さいました。

自然に出てくる
笑顔が目に入りました。
つつしみ深い穏やかな
あたたか
笑みでした。


いつまでも
お元気でいてほしい
このまま
いつまでも
お二人の時間が
続いてほしい…


奥様の笑顔を見ながら
私は自転車を押してゆっくり歩きました。
そして静かに門をでて
かどをゆっくり曲がりました。




【補足】
■大動脈解離
血管の壁は3層の膜となっています。
内膜、中膜、外膜でできています
そのうちの内膜に傷がつきます。
内膜に傷から血液が動脈壁に流れ込むと
内膜と中膜が剥がれてしまうのです。
傷が原因で血管が裂けてしまう状態です。

体の中心を通っている一番太い血管を
縦に割いてしまうのです。

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