立憲民主党の党首選で、損した人と得した人
野田佳彦
政策秘書だった頃、代理出席で行ったパーティー会場に向かうエスカレーター。私の目の前に立っていたのは野田佳彦氏だった。下りのエスカレーターで前が見えないと思えるほど野田氏は大きく見えた。「大きな人」という第一印象が、存在感からだと気がついたのは、氏の隣に立った時だった。ハイヒールを履いた私より少しお背が高いかと思われる程度。堂々とした姿は内側から醸し出されるものからなのか。
その野田佳彦氏が、立憲民主党の新代表として選任された。
野田氏の演説
野党第一党である立憲民主党の代表選。壇上の立ち姿は他の三人の候補者と見比べて左程違いは見えない。でも壇上に立ち、マイクを前にした瞬間、その存在感は他を圧倒した。太く低く艶のある声は、訴える政策に重さを加える。千葉県議会に立候補したときから毎日欠かさないという駅前の演説の底力。他を圧倒する上手さだった。民主党政権時代に総理だった時の姿が蘇る。
分かり易く伝えるための要素は「言葉」だけではない
今回は、政策の中身ではなく、トータルブランディングとして、その候補者の全体像がどう見えたかをお伝えしようと思う。伝え方の方法にはバーバルとノンバーバルの二種類がある。バーバルは言葉そのもの。本やSNSの文字そのものだ。ノンバーバルは言葉以外で伝えるアイテムのこと。たとえば、表情や、手ぶり身振り、服装、声の強弱、無言の間などだ。役者が演技をすることを想像してみて頂きたい。言葉は言葉とそれ以外のものとの組み合わせで、どう伝えるかが評価される。だからメディア出身の政治家の演説が上手いと評されるのは至極真っ当なことだ。役者と同様、表現の基本を身に着けているからだ。自らが伝えたいことを相手に正しく伝えるために、バーバルとノンバーバルをどう構築するかという悩みは、有権者に難しい政策を分かり易く伝えるための重要なサービスであると考えている。だから私のクライアントには、政治家の命である「言葉」の他に、その言葉を伝えやすくするための、顔、髪型、表情、服装、動き方、声の出し方などを徹底的に指導する。有権者に短時間で分かり易く主張を届けるためには、全てのアイテムを総動員しなければならない。今回はこの視点で候補者をみていきたいと思う。
魅せ方
野田氏は、額を広く出すのはいつもの髪型である。政治家にとって額を出すことは必須であると考える。なぜなら、額の下は前頭葉。ものを考える場所だ。艶のある広い額は聡明さと嘘のない明るさを表現する顔の重要なパーツとなる。この日の野田氏はその広い額を一層際立たせるように、髪もきっちりとアップしていた。
スーツは濃いグレーのシングル。体格が良いとついダブルを着たくもなるが、スッキリとした印象をつくるには最善の選択だ。シャツも襟元が大きめに開いたワイドにしており、ネクタイを引き立てるにはちょうど良い。しかし、ネクタイの模様が邪魔をしていると感じた。ペイズリーという古典的な柄のネクタイだった。ペイズリーは、小さなドットや曲線で複雑に構成される優美な形だ。よく使われるし、普段使いなら全く問題はない。しかし、野党第一党の代表を決めるこの日に着けるか、疑問が残る。人の権威や経験値は、胸元から上に表現される。バストアップと言われる部分だ。その最重要ポイントに曲線が必要だろうか。少し前の話になるが、アメリカのニュースキャスターで、ドットのネクタイを着けて報道現場に立ち辞めざるを得なくなったと聞いたことがある。いわゆる水玉模様のネクタイだったそうだ。曲線は優美な印象を与える。特に水玉はエレガントと言われる柄だ。この話を聞いた時、私には少し大げさに聞こえたが、その場面が災害現場と想像すると、違和感があるのは否めないと思った。ネクタイは、剣だ。そこにどんな模様を配することが、この現場にふさわしいのか。立場のある人であれば、もう少し神経をとがらせて選んだ方が良い。
枝野幸男
枝野氏というと「#枝野寝ろ」のハッシュタグを思い出す。2011年菅総理の下で官房長官を務めていた頃のSNS。東日本大震災で、昼夜問わず時を厭わず記者会見の壇上に立ち、報告と質問に答えていた枝野氏を表した応援メッセージだ。
演説
この日の枝野氏の演説は、6分間の制限時間の中、伝えたいことが堰を切ったかのように、溢れ出していた。力がこもっていた。自分の強さを訴えたかったのだと思う。張った声は強く遠くまでよく通った。悪くはなかった。でも、彼は自分の声の特徴をもっと使い切るべきだった。これは一般的に言えることだけれど、演説内容に力が入るとおのずと声のトーンが上がってしまう。高くなるのだ。枝野氏は演説が中盤を過ぎて力が入ると同時にトーンが上がり、話すスピードも上がっていった。
伝えたいことが沢山あったと思われる。スピードを増してゆく声は高くおおきくなってゆった。この3つの要素、話すスピード、声のトーン、声の大きさが、演説を構成するのだが、訴えたいと力が入るところでどんどん強くなっていった。もったいないと思った。重要部分ではスピードをグッと抑えて、一言に重さを加えていくのが演説の心得。枝野氏の豊富な経験値を、重さを増して訴えるには、ここがポイント。これさえ押さえていたら、自分こそが代表であるというアピールもできたかと思った。枝野氏の演説のこの特質は、1回目の演説ではなく、決選投票となった野田氏との一騎打ちの演説で更に強く感じられた。重要なポイントが甲高い早口に聞こえたことが私には残念に思えた。
魅せ方
枝野氏はやや明るめのシングルのスーツにネクタイは同色系の小紋柄。ネクタイの柄にもクラスはある。最上級は無地または地模様のみのシンプルなもの。幅はスーツの襟となるラペルと同程度の8.5cm。ここにディンプルをつけてキュッと結ぶとキリッと見える。枝野氏のネクタイの柄である小紋は、このすぐ下のクラス。というより上から2段階目というべきところに位置している。これも上がりポストの立場の人が見に着けてしっくりするものだ。落ち着きと品の良さを現す規則性のある小さな柄は安定感と立場が不動である印象を与える。枝野氏が選んだネクタイはその立ち位置にぴったり。品の良い襟元に清潔感が漂う。良い選択だと思った。
泉健太
現代表である泉健太氏は爽やかな登壇だった。50歳。経験値からもふさわしい立場だったと思うが、いまひとつ支持を伸ばせなかったのには理由がある。泉氏は爽やかだけれども政治家たる「色気」が足りなかった。政治家には人を引き付ける色気が必要だ。色気と言っても男女のそれではない。思わず見入ってしまう吸引力ともいうべき力のひとつだといって良いだろう。この色気は一朝一夕にでるものではない。だから私は色気の不足には艶を調達する。肌の艶、服装のどこかに艶を持たせる。艶のあるものには生き生きとした命が垣間見える。その艶をどこかに取り入れて魅せることが必要だった。泉氏にお目にかかる機会に何度か余計なアドバイスをしたことがあるが、姿を見るたびに伝わっていないと思っていた。
演説
泉氏の声は、明るい。高めのトーンが持ち味だ。澄み渡った清々しい印象をつくることができる。嘘のない正直なイメージだ。悪くはない。悪くはないのだが、この地声をどう使いきるかが勝負の分かれ目なのだ。正直者は、正しい人。だけど、正直だけで野党第一党の党首は務まらない。清濁併せ飲むのが政治家に課せられた役割なら、その腹の太さも魅せる必要がある。だとしたら、スピードを抑えて、言葉の「間」を活用すべきだった。言葉を投げかけ、相手に考える瞬間を与え、次の言葉につなぎ、重さを加えていく。これを支える表情をつくるのに、顔のパーツは申し分ない。強い目線と真っ直ぐな鼻も好印象を作ることができる。だから尚更、清々しいだけではもったいないのだ。政権を取りに行くなら、その覚悟をどう見せるかが必要だった。声と話し方は使い切るに限る。
魅せ方
この日の服装はエレガントだった。ネイビーのスーツ姿には「艶」があった。この日、壇上の泉氏は、いつもより輝いて見えた。これまでは服装に華やかさが足りず、機会があるたびに泉氏に伝えてきた。余計なお世話だったのは間違いないのが、この日の服装は少し嬉しく思えた。
ただ、泉氏にはもうひとつ変えて欲しかった点がある。それはヘアスタイルだ。髪型は顔の額縁。素晴らしい絵であれば額縁も大切にするもの。野党第一党の代表の顔を飾るヘアスタイルにはもうひとつ違う気を使って欲しかった。床屋も良いけれど、動きを出す工夫には美容室の小さなハサミが必要だと思う。まっ直ぐに刈り込んだヘアスタイルは、「直行」「真っ直ぐ」「曲がらない」というイメージは創り出すけれど、「交渉事」には真っ直ぐ過ぎて折れそうに見えてしまう。動きの見えない「一直線」は、ゆとりや優雅さを見出すことも難しい。新人の地方議員なら良いのだけど、党首なのだから、優美さやゆとりは動きで見せるべきだ。政治家の顔を縁取る髪型は、好き嫌いや流行ではなく、どう魅せるのかを決める縁取りなのだ。
吉田はるみ
「誰?それ」。候補者の中にこの名前を見たときの私の言葉。失礼極まりないが思わず口をついて出た率直な印象だった。勉強不足でしかないけど「石原を破った彼女よ」と言われ納得した。2017年の衆議院議員選挙で大臣を何度も務めた石原伸晃氏に2万3千票差まで詰め寄り、2022年の総選挙では13万7千余票を獲得し10期務めた石原伸晃氏を下野させた高実績の主だ。
吉田氏は2013年の参院選で岩手から立候補したときから数えて「浪人10年」。当選までの道のりを演説でこう例えていた。なるほど、根性がある。
それでも、私は彼女の出馬の経緯に、かすかな違和感を持って見ていた。これは吉田氏自身に悪い評価をするというのとは別である。方向性が違う。立憲民主党が本気で政権を執りに行くというのなら、なぜ当選1期の新人である吉田氏を代表選に立候補させたのか。立民の代表候補に女性議員が必要なら、もっとふさわしい人が他にもいるのに。1期生が代表になり、政権交代で総理となるということは、ドラマや漫画ならまだしも、私には考えにくかった。どうしてこの人だったのか。今でも謎。念のため、本人が良い人かどうかは別の視点で、立憲民主党全体を覆う雰囲気に対してである。
魅せ方
服装はどこかに淡いオレンジを取り入れていて、テレビでも統一感は見られた。スッキリとしている。でも、なぜか印象が薄い。主張が足りないからなのか、言いたいことが見た目から伝わりにくい。すらりとスリムで格好は良いのだ。そこに党首に見合う風格を持たせるには動きとのバランスが必要だ。歩くスピード、歩幅、ヒールの音。全てのノンバーバルのアイテムを総動員して活用したら、新人と言われる立場にも納得させる重厚感を出すことができたのではないかと思う。
演説
政治家は、話し方教室に行くと失敗する。吉田氏の演説を見た友人は、私に「まるで宝塚を見ているようだった」と言った。私も同じような印象を得た。吉田氏の演説はまさに劇場型だった。劇場型の演説は、その内容とは別に、どうしてもどこか芝居じみて見えてしまう。抑揚をつける話し方は聴衆におもねるようにも聞こえて、演説の内容が頭に入りにくくなるのも残念な部分だ。だから尚更、女性的印象を強くする話し方は政治家には不向きだと私は思う。女性ならではの、柔軟さ、優しさ、温かさを演説で表現したいなら、声の強弱でそれをつくるのではなく、表現の伝達手段である言葉以外の部分ノンバーバルを活用するのが常套のテクニックとなるだろう。簡単なことだけれど、強い言葉に笑顔を添えるのが効果的だ。だから口元は大切に扱いたい。きれいな白い歯と歯並びで屈託ない笑顔をみせることができたら、正直、真っ直ぐ、潔白、純粋、明るさ、太陽を表現することができる。コロナ禍でニュージーランドのアーダーン首相の対応が当時とても評価されたのは、この部分なのだ。飾らない笑顔と言葉が先の見えない不安を和らげるのに功を奏した。吉田氏の演説はノンバーバルの総合的な構築が足りなかったのだ。新人ながら良く戦ったとは思うけれど。
自党の代表選のレベルでやりきったと嬉しそうな表情をするようでは、ダメ。自民党の総裁選を勝ち抜いてくる猛者であり、総理になる相手に対し、退陣をせまり、自らが総理になるのを目指すのが、野党第1党の代表になるということなのだから。
政治家は有権者に伝えるのが仕事
政治家は言葉が命、とよく言われる。だから言葉に責任を持たなければならない。でも、その言葉はどんなに繰り返して口にしても、国民の生活にまで届かなければ伝えたことにはならない。だからこそ、全力で伝わるように姿形を整えなければならないと思う。「わかってくれよ」ではなく「わかるように伝える」のが仕事なのだ。
だから、一瞬パッと見ただけで、伝えたいことが手に取れるよう、立場のある人であればあるほど、見た目を作り込まなければならない。これはファッションとは一線を画する。オシャレをしているのではないからだ。好きな服を着て悦に入るのは独りの時にいくらでもなさるが宜しい。しかし、いったんバッヂを着けたなら、全身全霊をかけて有権者にわかるように語り掛け続けなければならない。
ネクタイも、靴も、話し方も、パフォーマンスさえも、好き嫌いではなく、伝わる姿を創るひとつのアイテムとして捉えるべきだと思う。
さて、次なる自民党の総裁選ではどんな魅せ方がみられるのだろう。また分析をしてみたいと思っている。
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