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選ばなかった過去を選んだ過去と比較することは出来ないが、海外留学はした方が良いのか否かについての私見

キムチ炒飯は、キムチをフライパンでしっかり炒めて焦げ目をつけてからご飯を絡ませると全体に香ばしさが増すのよと、韓国人の研究者の方に教えていただいた。「卵を落とすと優しい味になるの」と言ったその人は目が眩むほど美しかった。
タイ人の留学生に、お願いして渾身のトムヤンクンを作ってもらったが、辛すぎて誰もが食べられず、皆が辛いよと騒ぎ立てるのをみてあきれたように笑う彼の笑顔はとても愛くるしかった。中国人の友人に、炒飯を作るときには卵の油でご飯を炒めるので、最初に卵を入れるのだと教えてもらった。料理は全世界共通で、人を幸せな気持ちにしてくれるように思う。

カナダに留学していたとき、台湾人の友人ができた。彼との共通の言語は英語だった。毎日のように研究活動の合間にどちらともなく誘いあって一緒に休憩をとり、近くのコーヒーショップでホットコーヒーを買って、それを建物の屋上で一緒に黙って飲むのが常だった。言葉を交わさないでいられる居心地の良さが彼にはあった。

互いにとってカナダは異国の地であった。それぞれ英語が母国語ではないので、二人で話をするときは、細かいニュアンスを会話では伝えきれないもどかしさもあったが、ときどき、ポツポツと互いの国のことを話すこともあった。台湾は亜熱帯でとても暑いんだ、という彼の言葉に、地図でしか知らなかった私の中ではモノクロだった台湾という未知の国に鮮やかな色が入った。互いに望郷の念を抱きながら二人でトロントの空を見上げた。夏が短いトロントであったが、四季を通じて美しく、そこに暮らす人々もまた素朴で温かかった。それでも故郷は恋しかった。故郷に勝る場所はないと、何度も帰りたいと思った。

異国でなし得た研究成果は、その後の私のキャリアには大きなインパクトをもたらしたが、同じ成果を日本にいてもあげられたのではと問われれば全く否定できない。

そうすると、留学はした方が良いのかどうかという問いに私は明確な答えを出すことができない。経済的にも精神的にも負担が少なくないからだ。だから他の方々に留学した方が良いかと聞かれても、はいともいいえとも返事が出来ない。ただ言えることは、もしどうしようかと迷うなら、そこに何があるのかその目でしっかり知るために行ってしまった方が、後々後悔しないのでないかとは思う。

フォーを自宅で振る舞ってくれたベトナム人の研究者が、私はボートピープルなのよと言った。彼女はきっともう国には帰らないと言った。よく煮込んだ牛のテールの肉は柔らかく、彼女の故郷はすでに彼女の中に根付いているのだろうと思った。

きっと私は留学して良かったのだろうと、今はもう遠い思い出となった時代を振り返り、思いを馳せている。

京都大学 「医学領域」産学連携推進機構
特定教授 鈴木 忍

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