ほめること。そしてほめられることに関して
わたしはほめることが好きです。
例えば、相手の持ち物が素敵だと思ったら「イイネ!似合ってるよ」とか、「それ便利そうだね。どこで見つけたの!」と言ったりします。
また、自分は運動音痴なのですが人が運動しているのを見るのは好きなので、友人がバトミントンなどをしているのを眺めて良いプレーがあったりすると「あれはスゴかったね〜」なんて言ったりします。
そして、ほめるときには具体的に、できればピンポイントでほめるようにしています。またそこから会話が弾むといいなと思って、コメントしてます。
ほめられたときに謙遜するのは日本も中国も同じです。
先日、中国人教師のスピーチを聞いていて、興味深くわかりやすかったので「すばらしいお話しでした。さっそく試してみたいポイントが2つあって・・・」と具体例を交えながら会話を始めました。
しかし、その先生はずっと「先生のご指導に感謝します。まだまだです。努力します。精進します。」としか言いません。
確かにその教師はわたしより若く経験もそれほど豊富ではありません。
しかし若かろうが経験不足だろうが教師は教師、そして、スピーチの内容はとても有益だったのでお礼を言いたかったので「励ますつもりで褒めたんじゃありません。わたしが内容に感銘を受けたということをあなたに伝えたかっただけなのです」と話しました。
彼は最後まで恐縮しきりでした。
もしかすると単にほめられることに慣れていなかったのかもしれません。また親子ほど歳が離れている人から褒められて驚いたのかもしれません。でも、彼の反応を見て、ほめられたときに素直にありがとうございます。お役に立てて嬉しいですと言えるって大切なことだと思いました。
中国で暮らしていて「ほめる」ことに関して気になることがあります。それは中国人が「相手そのもの」をほめる傾向があることです。
例えば子どもの歌が上手だったとき、歌をほめるのではなくてその子を褒めます。会社でもそうです。とある同僚のすばらしいパフォーマンスや、教師としての人間味のある振る舞いがあったときも具体的にほめるのではなく「彼はスゴい」という単純な言葉で済ます傾向があります。
そういうほめ言葉ばかり受けていると「自分」がスゴいと誤解するようにならないかなと思ったりします。
実際、自尊心があるのではなく自己肯定感が異常に高い、つまり生きすぎた自己愛を持つ人が多いように思います。自分が好きになれないのも問題ですが、同じく過度に自分が好きな人も厄介です。
そんななかでバランスを保つために、ほめられたときに恐縮しきりになるというのもわかります。そうしないと、自分に対する見方が調整できないのかもしれません。
さて、ささいなことに気がついてほめるってある種の技術だと思います。目利きが芸術作品のポイントを見抜くように、ほめ上手な人はわずかな成長とか、良い変化を見逃しません。
ほめるのが好きなわたしですが、目利きというレベルではありません。これからも、良い意味で自分にも他の人にも、自分が置かれている環境にも敏感でありたいと思ってます。
そうそう、わたし「ほめる」のも好きですが、「ほめられる」のも大好きです。この note が良かった〜と思ったなら「イイネ」をお願いします(笑
今日も最後まで読んでくれてありがとう。また明日。
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