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毎日連載する小説「青のかなた」 第2回

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 あまりに自然な仕草なので、うっかり肩に提げていたカルトンバッグまで渡してしまいそうになり、慌てて持ち直す。

「これは大丈夫です。自分で運びます」

 レイは「そうですか」大して気に留めるふうもなく歩き出した。しばらくスーツケースをゴロゴロ鳴らしながら進んだあと、一台の車の前で足を止めた。マツダのデミオ。ちょっとくたびれているが、銀色と水色を足して割ったような色合いがかわいい。これがレイの車らしかった。
 荷物を後部座席に置いて車に乗り込むと、レイはすぐに車を発進させた。これから向かうのはコロール島だ。パラオ諸島で唯一の繁華街がある島で、光が滞在する予定のアパートもそこにある。

 車は日本と同じ右ハンドルだけれど、車道は右側通行だった。もうとっくに日が沈んでいる時間なので、窓の外は暗い。東京に比べると街灯も少なくて、車道のわきに、大きな実をつけたヤシの木や何かこんもりした木々が生えているのが闇の中に見える。
 パラオの人口はたしか二万人ほど。東京のような背の高い建物はもちろんないし、街灯も少なくて暗い。見知らぬ土地に来たんだ、という実感が湧いてきて、なんだか不安になった。

「光さんは三ヶ月間のあいだ、パラオにいるんですか?」
「ええ、その予定ですけど……」

 胸のうちにある不安を抱えているせいか、あいまいなもの言いになった。確かに帰りの航空券は三ヶ月後で予約してあるけれど……本当にそれまで耐えられるんだろうか。知り合いもいない、来たこともない、外国で。

「光さんが滞在するアパートには、スーの他にもうひとり日本人の子が暮らしています。風花っていって、ダイビングインストラクターをしてます。二人は光さんが来るのをすごく楽しみにしてますよ。今も光さんのためにごちそうを作ってるらしくて、それで僕が代わりに来たんです」

 喜んでいいのかよくないのかわからない話だった。光の滞在を迷惑に感じていないのならありがたいけれど、あまり歓迎されるのも複雑な気持ちになる。ただでさえ、知らない人と一緒に暮らすのが憂鬱でたまらないのだ。できることならあまり関わりたくない。

「ところで……さっきからずっと気になってるんですが、あのバッグの中身は何ですか?」

 レイは後部座席に置いてあるカルトンバッグのことを言っているらしい。

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