毎日連載する小説「青のかなた」 第21回
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「おいしい……何、これ?」
歯触りは見た目の通りイカの刺身によく似ているのだけれど、生臭さというか、海の香りはまったくない。それにみずみずしい。淡白な味に、わさびと醤油がよく合った。
「それはね、ココナツ」
「えっ。ココナツって……あのココナツ?」
「そう。ココナツの実。びっくりでしょう」
「ココナツはジュースもオイルも採れる。保存食料にもなる」トミオが言った。
「一本のヤシの木から、ココナツは六十個採れる。庭にココナツの木が数本あれば、飢えることはない。パラオ人にとって、ヤシは命の木だよ」
命の木。そこら中で見かけるヤシの木が、なんだかとてもやさしいものに思えてきた。島の人びとをそっと見守る精霊みたいだ。
そばにあったタピオカも、食べてみると栗のようにほくほくしてほんのり甘い。
「光。今日、町を歩いているパラオ人をたくさん見たでしょう。どう思った」
トミオに問いかけられて、光は今日コロールの街を歩いたときのことを思い返した。
「みんなよく日に焼けていて……ふっくらしている方が多いですね」
トミオは「そうでしょう」と頷いたが、目元がどこかさみしげだった。
「昔、パラオ人はイモとバナナと魚を食べた。イモは畑で作ったし、魚は海で捕まえた。働かなくても食べ物はあったから、自分の食べるものは自分たちで用意した。アメリカの時代になってからはいろんな食べ物が入ってきた。ハンバーガー、ピザ、アイスクリーム。今はもっとたくさん。日本のラーメン、やきそば。フィリピンと韓国からも食べ物が入ってくる。おいしいものがたくさんあるのはいいこと。でも、そのおかげでパラオ人は太ってしまった。昔、魚を獲って暮らしていた頃は、みな素晴らしい体をしていたのに」
そう話すトミオは、年齢のわりに引き締まった体をしている。さっきの加工食品の少ない食卓から推察するに、食べるものに気をつけているようだ。伝統的な食生活を失ってしまったパラオと、そのことに危機感を抱いていない者に対する彼の抵抗かもしれなかった。
「国民がみな太っている。これは危ないことだよ、光」
トミオが言うと、思南も「そうだね」と頷く。
「痩せていなくてもいいけれど、必要な分よりも太っていると病気にかかりやすいよー。病気の人が増えると保険のお金がかかる。国のお金がなくなる」