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毎日連載する小説「青のかなた」 第6回

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 窓が二つあるのも開放的だ。思南から事前に部屋の写真は見せてもらっていたけれど、実際に見て安心した。光のように自宅で仕事をするクリエイターにとっては、その部屋が自分に合うかどうかが何よりも大事だった。窮屈な部屋では創作なんてできやしない。
 スーツケースはレイが部屋まで運んできてくれた。

「ありがとう。助かりました」

 光が言うと、レイは「いいえ」と微笑んだ。

「パラオは日本とは環境も気候も違うから、来たばかりの頃はみんな体調を崩しやすいんです。今夜はゆっくり休んで。スーと風花に付き合って飲むのも楽しいけど、あの二人は長いですよ。特に風花」
「レイ、聞こえてるよー!」

 リビングから風花の声がした。レイが「あはは」と笑う。

「じゃあ、僕はこれで。おやすみなさい」

 軽く手を振ったあと、レイは扉を閉めた。彼がいなくなると空気が変わったように部屋の中が静かになる。
 光はリュックの中からスマートフォンを取り出した。無事にアパートへ着いたことを祖母へ伝えなければならない。画面をタップすると、着信履歴が一件残っている。明人(あきひと)からだ。そういえば、彼からも「着いたら連絡が欲しい」と言われていたのだった。思南からwifiのパスワードを教えてもらい、メッセージアプリから明人に電話をかけることにする。
 日本とパラオには時差はない。明人ももう仕事を終えて自宅にいる時間だったのか、すぐに電話に出た。

「もしもし、あき兄? 光だけど」

 電話の向こうから「おう」と返事がした。

「今、アパートに着いたから」
「そうか。どうだ、モナコは」
「いや、パラオだから」

 明人は最近までパラオの地名を知らなかったらしく、何度言っても覚えてくれない。パラオはハワイやグアムに比べると日本での知名度はまだ低い。明人の他にも、仕事で世話になっている先輩にパラオ行きを報告したところ「パラオ? 何それ?」と言われてしまった。

「とりあえず……アパートはきれい。ハウスメイトの人も悪い人ではなさそう。……まだわからないけど」
「そうか。よかったな」

 ほっとしたように、明人は言った。低音なのにふしぎとよく通る、ぬくもりのある声。子どもの頃から聞いているせいか、耳によく馴染むというか、聞いているだけで心が落ち着く。

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