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M1エイブラムスの弾薬庫について(改訂版)

アメリカ合衆国が誇るM1エイブラムス戦車には乗員の生存性を高めるために様々な工夫がこらされていますが、今回はその中の一つであり最も有名な弾薬庫について解説していきます。

1. 搭載弾薬が孕む危険性

まず戦車にとって弾薬庫とは欠かすことのできない重要な存在であり、同時に大きな弱点でもあります。弾薬庫は砲弾の大口径化が進むにつれてどんどん肥大化していくことになりました。下の画像はレオパルト2のカッタウェイを見れば弾薬庫(Munitionsbunker)がどれだけのスペースを食っているかお分かりになるかと。

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弾薬は装薬と弾頭とから構成されていて、これが非っ常〜に危険。

まず弾頭を打ち出すための燃焼剤である装薬はとても燃えやすく、一度これに火が点いてしまうと戦車乗員らだけで消火するのはほぼ不可能。戦車に備え付けられている不活性ガス自動消火装置でも消火することはできません。装薬に火がつくと一瞬で燃え上がり、車内は一瞬にして高温の炎に包まれてしまいます。閉め切られた戦闘室内において装薬が燃焼した場合、炎に触れていなくても車内温度は600℃〜700℃にもなってしまうのです。エイブラムスを含む数多くの西側MBTが搭載している120mm砲弾の薬莢はニトロセルロース製で、これは火気が無くても高温の物体に触れるだけで発火し勢いよく燃えてしまう代物です。過去には排気熱の蓄積により車外に積んであった弾薬が発火・M1A1が焼失したほか、イタリア陸軍においては同様の弾薬を使用するC1 アリエテ主力戦車で高温の使用済み薬莢が焼尽薬莢に接触、発火して乗員1名が亡くなるという痛ましい事故もありました。

次に弾頭。榴弾や対戦車榴弾の中には炸薬がタップリ詰まっていて、これが車内で爆発してしまえばいくら頑丈な戦車といえどひとたまりもありません。

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戦車が徹甲弾や整形炸薬弾によりその装甲を貫通されてしまうと徹甲弾の弾芯、流体化した金属ジェット、高温ガス、剥がれた装甲の破片、そして超高温になり赤熱した金属片がライフル弾並みかそれ以上の速さで車内に飛び込んでくるのです。もしこれが弾薬庫に当たって引火しようものなら、たちまち業火が時間と金を費やし育てた3〜4名の搭乗員の命をほんの一瞬で奪ってしまいます。難燃性のツナギを着ていても全身大火傷は必須です。

そのため、戦車の弾薬庫には被弾確立が低い場所への配置、湿式弾薬庫、弾薬庫の装甲化、燃料槽を兼ねた湿式弾薬庫、近年では弾薬そのものの定感度化(LOVA/IM化)などといった様々な種類の安全対策がされています。

では、戦車の搭載弾薬とそれが孕んでいるリスクについて触れたところで、本題であるエイブラムスの弾薬庫について見ていきます。


2. M1エイブラムスの弾薬庫システム

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これはM1A1の断面図で、全ての搭載弾薬が防爆壁で隔てられた弾薬庫に収納されています。これがどんな仕組みになっているのか気になりませんか?

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この図はM1エイブラムスの砲塔後部にある弾薬庫を簡単に表したモノで、この弾薬庫には敵弾が命中し誘爆しても乗員を守れるような工夫が施されています。

乗員が居る戦闘室と弾薬庫は即応弾庫、予備弾庫ともに厚さ数センチの隔壁と耐爆弾薬ドアによって隔てられ、さらに弾薬庫上部にはブローオフパネルと呼ばれる板が弾薬が誘爆すると圧力で吹き飛ばされるように設計されています。誘爆時にはこれが吹っ飛ぶことで強烈な圧力と火炎を車外に逃し、万が一弾薬が爆発しても乗員がいる戦闘室に危害が加わらないようになっているのです。 

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この耐爆ドアは耐火コーティングが施された厚さ28mmの軟鋼製で、装薬と各種弾頭の誘爆に耐えられるよう設計されています。この耐火コーティングとは、熱に晒されると塗膜部分の体積が数十〜数百倍膨張し、熱の浸透を遮断するものです。M1ではM456A2 HEAT-MP-Tの弾頭、M1A1以降の弾薬庫部分はM830 HEAT-MP-Tの弾頭の爆発(TNT換算2.12kg)に耐えることができますが、装薬が爆発しその許容数値を上回ると弾薬庫が破裂する可能性があります (乗員区画は守れるが、砲塔構造の損傷が甚大になる) 。装薬が対戦車兵器のメタルジェットの直撃を受け激しく爆発した場合には、あえて脆弱に設計されたバスル下面下の画像のように破損することによって圧力を下方へ逃します。

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↑こんなド派手に爆発しても、中の人は平気ってワケです。

因みに装填するときは足元にあるクッション付きのニー・スイッチを膝で叩き、油圧によって作動する耐爆スライドドアを開いて弾薬を取り出したら必ず閉じます。開けっ放しだと隔壁とブローオフパネルの意味がないですからね。

余談ですが、弾薬庫に腕や頭を突っ込んで作業する際は間違えてスイッチを押しても閉まらないようにサーキットブレーカーを切るのがお約束。一応油圧ドアには圧力センサーが付いていて、身体を挟まれてもアザ程度で済むらしいです(要出典)

車体弾薬庫にもブローオフパネルが3枚と耐爆ドアが付いていますが、ドアは砲塔を回さないと弾薬庫にアクセスできないうえ、手動で開閉するという使いづらいモノとなってます。

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↑バスル/車体弾薬庫テストの様子

↓車体弾薬庫

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↑車体弾薬庫に被弾し、ブローオフパネルが作動した後のアメリカ海兵隊のM1A1

↓上の画像と同一車両のクローズアップ。車体弾薬庫上部にあるブローオフパネルが吹き飛ばされている。

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では、弾薬庫が誘爆したら中の乗員はどうするの?と気になった方も居ることでしょう。
米軍はこの弾薬庫システムに大きな自信を持っているようで、アメリカ陸軍の教範においては「弾薬庫での火災発生時に最も安全な場所は車内である」とされています。むしろ車外に出ると燃え上がる弾薬の強烈な熱で火傷を負う危険性が高いのです。エイブラムス搭乗員向け教範にある弾薬庫火災の対処法についての項には以下の通り記述されています。

<砲塔弾薬庫で火災が発生した場合>

1.速やかに防護マスクを装着し車内加圧装置を稼働させ車外に有毒ガスを追い出す
2.可能であれば砲塔を横に向け炎や熱気がエンジン吸気口に入るのを防ぐ
3.戦車が自走可能であれば砲塔まで隠せる遮蔽まで移動し停車、アイドリング状態でハッチを開けたまま最低でも60分間待機する。(弾薬が満載の場合装薬は1分程度で燃え尽きるが、HEAT等の榴弾が余熱で爆発する恐れがあるため)
自走不可であれば車長の判断により誘爆後2~5分で脱出する。


<車体弾薬庫で火災が発生した場合>

車体弾庫で火災が発生した場合は装薬が15秒程度で燃え尽きるのでHEAT等の榴弾が誘爆する危険は無い。よって、戦闘能力に支障がなければ作戦を継続する。

...と、目を疑うようなことが書かれているんですが、アメちゃんは数々のテストと実戦を踏まえた上でこう言ってるんですね。エイブラムスの弾薬庫には消火装置が搭載されていない...というより仮にあったところで装薬火災には無力なので、乗員は火の手が収まるのを待つしかありません。

3. 実戦での評価

西側第3世代MBTでは最も実戦を経験しているであろうエイブラムス。この一見完璧に見える弾薬庫は果たして実戦で役に立ったのかって、気になりませんか?気になりますよね!?

てことで湾岸戦争とイラク戦争での実例や評価を見ていきましょう。

まず湾岸戦争において多数のエイブラムスが誤射や火災事故によって喪失していますが、弾薬庫から車内に爆発が漏れた例は一つもありませんでした。そして、戦後にGAO(政府監査院)により製作された報告書では「ブローオフパネルと弾薬庫隔壁は設計された通りに機能し、乗員の生存性向上に貢献した」と評されています。

お次はイラク戦争。イラクの自由作戦の後に製作された報告書である ”Lesson Learned Operation Iraqi Freedom 2003” においても、「耐爆ドアとブローオフパネルは設計通り作動した。砲塔後部に被弾し主砲弾が誘爆した事例があったが耐爆隔壁が爆発を庫内に留めたことにより、有毒ガスの吸引による中毒を除き乗員が負傷する事は無かった」との評価を得ています。

蒸し焼きになんかなりません。

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この画像は実際にブローオフパネルが作動した後のエイブラムスで、左上はRPGの被弾により誘爆したときのもの。右上は車両火災の熱により誘爆、そして下の焼け焦げたエイブラムスは行動不能になった後友軍戦車により破壊措置を受けた際に作動したものです。

このような隔壁で区画化された弾薬庫とブローオフ・パネルはレオパルト2、90式戦車、ルクレール、ヤタハーン等、世界中のMBTでも採用されています。

長くなってしまいましたが、最後まで読んでくれてありがとうございます。

4. 参考文献

Lessons Learned Operation Iraqi Freedom 2003

DESIGN OF COMBAT VEHICLES FOR FIRE SURVIVABILITY - MIL-HDBK-684 FEBRUARY 15, 1995,  UNITED STATES DoD

CARRO ARIETE: PIÙ LETALE PER L’EQUIPAGGIO CHE PER L’AVVERSARIO-Defesa Online

Critical Technology Events in the Development of the Abrams Tank-Project Hindsight Revisited

Survivability of a Propellant Fire inside a Simulated Military Vehicle Crew Compartment: Part 2 - Hazard Mitigation Strategies and Their Effectiveness-Australian Government Department of Defence

Ammo Operations in the Desert Guide-Formerly TB 43-0243

Capstone Depleted Uranium Aerosols: Generation and Characterization

Computer Simulations of the Abrams Live-Fire Field Testing

OPERATION DESERT STORM Early Performance Assessmentof Bradley and Abrams

Haynes M1 ABRAMS MAIN BATTLE TANK Owners’ Workshop Manual

TANK GUNNERY (ABRAMS) FM 3-20.12



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