見出し画像

【書店歳時記①】夏の憂鬱

夏は文庫?

書店にとって夏は、上り坂の季節だ。
ゴールデンウィークの終了と共に、前年末から続いてきた繁忙期が一度リセットされ束の間の閑散期だったのが、夏の到来と共に客足が戻ってくる。
そんな季節になったことを実感するのが所謂『夏の文庫フェア』の入荷だ。

正確に記すと、新潮社と集英社と角川書店の3社がほぼ同時期に行う
文庫フェアの俗称である。
因みに一番古参と思われる新潮社では1976年(昭和51年)から実施しているそうだ。

1996年から書店で働いている書き手の個人的感想だと、広末涼子の缶バッジやケロロ軍曹のブックカバーがバズッた程度しか記憶も思い出もない。
今では信じられないが、以前は角川がTVCMを大々的に流す位に書店業界の中では、かなり大きめの行事だった。
しかし近年は文庫フェアを開催している意義や目的を読者や顧客どころか、実施してる書店員すら知らないのではないかな??


文庫フェアの隠されたの意義

  • 夏休みで時間のある学生に本を読んで欲しい

  • 読書感想文のネタ本提供

  • 古典文学の普及のため

上記のように諸説あるのだが、最古参と思われる新潮社が夏の文庫フェアを始めた理由は何の事はない、ただの販促企画の一つであった。

100冊フェアは、当時20代だった文庫編集部と営業部の同期コンビの雑談がきっかけで始まったと聞きました。昭和40年代に文庫創刊ラッシュがあって、各社に対抗するアイデアをいろいろ考えている中で、若い層、とりわけ中高生向けのフェアをやろうと企画が立ち上がりました。その意志は今も受け継がれていて、100冊の書名選びの際には、若い人が本を読む入り口になるようなラインナップを意識しています。

新潮社HPより  

当時は昭和50年代、団塊ジュニア世代の若者がうじゃうじゃいたので、そのボリューム層を狙ったのだろう。
今の若者層は当時に比べて激減してるけど、、
当時の詳しいフェアの販売状況等は知る由もないのだが、かなりの成果を上げたことが容易に推測できる。
だって他の出版社が追っかけて同じ企画をぶつけてるので。。
※解説しよう!売れた企画を、すぐにみんなでパクるのは出版業界のお決まりなんだ! cv富山敬

しかしどんなに好評だった販促企画とはいえ、
約50年間も続いているのは、どーしてなんだ??
正直、2000年代の夏の文庫フェアなんて、もう売れていないどころか、誰の話題にもなってないでしょ。。
書店の売り場を取り仕切る者としては『邪魔なフェアがまた届いたなー』程度の扱いと認識だ。
前述のように書店業界が栄えていた時代には、ノベルティも現在より遥かに豪華で世間で話題になることもあった。
でも現在では以下の理由で、お邪魔フェアの筆頭格になっている

  • 大抵の書店でほぼ強制的に入荷してくる(店舗にフェア開催拒否権はほぼ無し)

  • 今どき全国一斉一律のフェアなんて時代錯誤も甚だしい、品揃え金太郎飴書店になんの意義があるのか?

  • ノベルティの管理等レジの煩雑を助長

  • 何よりそもそも、近年はそんなに売れない(笑)

では何で『夏の文庫フェア』は50年近くも続くエンドレスな企画なのか?
夏の文庫フェアは前述のように、全国一律一斉に行われ、販売実績はともかく、大量の送品実績には間違いなく繋がる。
そう、取次にとってはとても美味しい企画なのだ。
※因みに取次にとっては、送品=売上とほぼ同義である。

毎年6月下旬の閑散期にほぼ全国の書店に、結構大きな金額の送品が可能な数少ない企画として『夏の文庫フェア』はエンドレスな存在だ。
勿論、文庫フェアを開催できる3社にとっても立派な既得権益だが、一番の実施動機は取次にある。
※出版社は販売実績低下による返品増に伴い、販促物がショボくなったりより返品を抑えるために選書基準がブレブレになったりとそれなりに苦労も多い、、

そして、なにより企画立案時より文庫フェアの対象顧客とされている中高生たちに現在の『夏の文庫フェア』が刺さっている気配は一向にない。
出版業界は、いつまで惰性で無自覚に『夏の文庫フェア』を繰り返すのだろうか?

2000年代の中高生達から大きい支持を受けた小説『涼宮ハルヒの憂鬱』の著名エピソード『エンドレスエイト』では、主人公の高校生たちは夏休み終盤の15日間を15000回以上くり返した末に、物語を切り拓いた。

同じように出版業界が無自覚に迷い込んでいる『夏の文庫フェアループ』から抜け出せる日が来たら、これまでとは異なる世界が拓けるのではないだろうか?



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?