原稿用紙

大好きなコピーの話。

たまらなく大好きなコピーがある。もう30年以上も前の作品だ。

時計メーカー「SEIKO」の企業コマーシャルで、ラジオCM用のコピー。派手な演出もなく、淡々と文章が続くCMだけど、私にとっては強烈なインパクトで、そこからはずっと、いつかこんなコピーが書けるコピーライターになりたいと思い続けてきた。

日々、数え切れないほどのコピーが生み出されるが、毎年、その中から優秀なものを集めたコピー年鑑が発売される。広告関連の会社にはたいてい置いてある分厚くて立派な年鑑だ(この年鑑が大好きで、いつも暇さえあれば仕事をするフリをしてページをめくっていた)。

私は当時勤めていた会社にあったコピー年鑑の中から、その大好きなコピーが掲載されているページをコピーし(コピーをコピーって、ダジャレじゃないですよ)、30年以上ずっと大切にしてきた。もう、破れてボロボロで。何度も何度も読み返し、そのたびにじーんとしたりして。

全然知らなかったけれど、最近は道徳の教科書などにも掲載されたことがあるらしい。そのコピーがこちら。

一秒の言葉(服部セイコー 企業CM ラジオ60秒)「はじめまして。」この一秒ほどの短い言葉に一生のときめきを感じることがある。「ありがとう。」この一秒ほどの短い言葉に人のやさしさを知ることがある。「がんばって。」この一秒ほどの短い言葉で勇気がよみがえってくることがある。「おめでとう。」この一秒ほどの短い言葉でしあわせにあふれることがある。「ごめんなさい。」この一秒ほどの短い言葉に人の弱さを見ることがある。「さようなら。」この一秒ほどの短い言葉が一生の別れになる時がある。一秒に喜び、一秒に泣く。一生懸命、一秒。セイコー。(TCCコピー年鑑 1985年版 より)

コピーライターとして仕事をする中で、折に触れてこの紙に書かれたコピーを読み返し、もっとよい文章が書けるようになりたいと思い続けてきた。そして、このコピーライターさんは、今はどこで、どんな広告をつくっているのだろうと気になってもいた。

そして数年後、再びその人の作品に触れることになる。

「ブッタとシッタカブッタ」。

ご存じ、1匹のブタを主人公にした4コマ漫画エッセイで、シリーズ累計200万部以上という大ベストセラーの作品だ。

作者の「小泉吉宏」さんの名前を見たとき、どこかで見たことがある…と少し考えた後、そうか、あのコピーを書いた人も、確かそんな感じの名前…。で、例の紙を取り出してみたら、書いてありました。

「TCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞 小泉吉宏」。

ブッタの人か。ブッタの人になっていたのか。そのときは、かなりの衝撃でした。コピーライターから小説家になったり、エッセイストやコラムニストになったりする人は多いけど、「漫画家・絵本作家」というジャンルの人になっていたなんて。

そして、目標にしていたコピーライターが、もうコピーライターじゃなかったことにも愕然としたものだ。

今もコピーが書かれた紙は、仕事用の机の引き出しの中。これからも、また読み返すことがあるだろう。私にとって小泉さんは、やっぱりブッタの人ではなく、一秒の言葉の人だ。

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