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愛なんか、知らない。 最終章⑧心躍る週末

 塚田さん親子の教室は、鈴ちゃんから「あれも作りたい、これも作りたい」というリクエストが相次いで、今年中には完成できないかも、って状況になった。
 いつの間にか、季節は秋になっていた。

「なんかすみません。鈴の作りたいものが増えていって」
「い、いえ、私はいいんですけど、隔週でここまで通うほうが大変なんじゃないかなって」
「そうでもないですよ。遠足気分みたいで、ここに来る時は前の晩から『明日持ってくもの』『着てくもの』とか喜んで揃えてますよ」
「そうですか」

 鈴ちゃんは、私にずいぶんしゃべるようになった。
 毎回、「これ、大好きな絵本」「一緒に寝てるぬいぐるみ」と持って来てくれる。学校で描いた絵を見せてくれることもある。鈴ちゃんらしく丁寧に描いてある絵で、「あー、木が茂ってる感じを何とか表現しようとしてるんだな」とか伝わって来る。

 それに、ミニチュアを作りながら、お母さんと一緒にクッキーを作ったこととか、塗り絵をしたこととかを話してくれる。塚田さんはきっと複雑だと思うけど、そんなことを顔には出さない。
 鈴ちゃんのしていることをニコニコ見守っている塚田さんにいつも感動してる。

 私が子供のころ、お出かけするときにお気に入りのぬいぐるみを持って行こうとしたら、「そんなの置いてきなさい。みっともない」とお母さんから怒られた。
 そんな感じで、お母さんには否定されてばっかで、お父さんは我関せずだったから、鈴ちゃんのやることなすことを受け入れている塚田さんには尊敬しかない。もちろん、ダメなことはちゃんとダメだって諭してるし。

 塚田さんと鈴ちゃんがミニチュアを作っている姿を見ていると、初めてミニチュアハウスを作った時のことを思い出す。あの時は、お父さんも熱心に作ってくれたのになあ、なんて、今さら思い返してみたりして。

「あの、突然なんですけど」
 その日の教室が終わると、塚田さんはためらいながらカバンから何かを出した。
「えーと、実は、これ、映画の招待券をもらって」
「はい」
「よかったら、一緒に観に行きませんか?」
「はい……えっ、ええっ!?」
「あ、ごめんなさい、急に変なこと言って」
「いえ、そそそそんな、そん」
 あ、私、今、顔が赤くなってる! 絶対なってる!!

「あ、鈴も一緒です。えーと、二人でではなくて」
「そそそそうですか」
「こ、この映画、鈴が観たかったんだよな?」
「うん。観たい、観たい!」
 それは、今さかんにテレビでCMを流しているアニメ映画だった。
「ええと、えと、わた、私でいいんですか?」
「もっ、もちろん! 鈴が後藤さんと一緒に見たいって言いだしたんですよ」
「そ、そうなんですね。じゃあ、私でよければ、その、ぜひ」

 塚田さんはホッとした顔になった。
 なあんだ、塚田さんが考えたんじゃないのか。って、ちょっと残念に思っちゃった自分がいる。
 まさかね。塚田さんが私のことを映画に誘おうって思うわけないよね。あんなキレイな奥さんがいたんだし。

 翌週、都内の映画館でアニメ映画を観ることになった。
 鈴ちゃんのつきそいみたいなもんだし。
 そう思っても、ずっとソワソワしちゃって、何着て行こう、髪型はどうしようとか、暇さえあれば考えてた。
 昨日は教室があったんだけど、生徒さんから、「葵さん、久しぶりにイキイキしてる感じ。何かいいことあったんですか?」と突っ込まれた。
 ううう。舞いあがってるのが態度に出ちゃってたのかな…。って、私、舞いあがってるの??? 落ち着いて、落ち着いて。デートじゃないんだから。でも、デートじゃなくても身だしなみは大事だし……うん、最低限のオシャレをしないと、せっかく誘ってもらったのに、失礼だよね。

 なんてことをグルグルと考えて、久しぶりに青いワンピースに袖を通した。
 おばあちゃんが亡くなる前に買ってくれたワンピース。大事に大事に着てるんだ。
「葵ちゃんに似合ってる」って嬉しそうに笑っていた、あの顔。着るたびに蘇って来る。

 映画館には、待ち合わせの15分前には着いた。
 日曜の吉祥寺はすんごい人。しかも、若者ばっか。あ、一応、私も若者なんだろうけど。
 それにしても、映画館で映画を観るなんて、久しぶりだなあ。
 若者に人気のある監督の作品だから、映画館に入って行くのはカップルも多い。私たちはどんな風に見えるんだろう。

 落ち着かなくて、何度も手鏡でメイクや髪型をチェックして。まあ、髪型は後ろ髪をバレッタで留めただけなんだけど。キレイに留められるまで、数えきれないぐらいやり直して、両腕が筋肉痛になりそうだよ……。
 こんな時に心がいてくれたら、キレイにまとめてくれるんだろうけど。お母さんには頼めないし。

 おばあちゃんから昔買ってもらった、天使の羽のシルバーネックレス。おばあちゃんからもらったものばっかり身に着けてるのは、そばで見守ってくれてるんじゃないかって思うから。ショルダーバッグもそうだ。
 おばあちゃん。今日一日、無事に乗り切れますように。

「先生、こんにちはー!」
「お待たせしましたあ」
 鈴ちゃんと塚田さんが小走りで駆けて来た。
「こ、こんにちは」
「すみません、電車が遅れちゃって」
「い、いえいえ」
 二人とも、息を切らしてる。

「あ、なんか、飲み物でも買いますか?」
「とりあえず、中、入りましょっか」
「ハイ」
 塚田さんが先頭を切って歩く。
「先生、キレイ。この青いワンピース、キレイ」
 さすが鈴ちゃんは女子だけあって、私のファッションが気になるらしい。
「ホントに? ありがとう。これは、私のおばあちゃんが買ってくれたの。私の名前にピッタリなワンピースだって」
「そっか。先生の名前、あおいだもんね」
「そうそう」
「鈴のポシェットもおばあちゃんが買ってくれたの」
「そうなんだ。かわいいピンクだね」

 二人で盛り上がってると、塚田さんが困ったような笑みを浮かべながら、汗を拭いている。塚田さんはシャツにチノパンで、普段教室に来る時より、ちょっとかしこまったファッションって感じ。

「あ、席を取らないといけないですよね」
「席は指定席なので、大丈夫です。飲み物、何飲みますか?」
「あ、じゃあ、アイスティーで」
「買って行くので、鈴と先に席に行っててもらえますか?」
 席は、鈴ちゃんを挟んで座ることになった。
「すごい人ですね、満席だ」
「ホントですよね。吉祥寺だから、若者多いですよね」
「ホントに。オレなんか完全におじさんに見えるんだろうなあ」
「パパ、ポップコーン食べる?」
「うん、映画観た後、ランチを食べるから、食べすぎないようにね」
「はあい」

 そう。この後は一緒にランチをすることになってる。デートじゃないけど。うん。デートじゃないけどね。
 映画に集中、集中!
 映画は、少年と少女が異世界に冒険に出る、定番っぽいストーリーだった。でも、少年が少女を敵から助けるところとか、少女が懸命に少年を敵からかばうところとか、なんだかジーンときて。ラストではちょっと泣いてしまった。

「先生、泣いてるの?」
「う、うん、感動しちゃって」
「鈴も、サキ君とミライちゃんが一緒に敵をやっつけるところで感動した!」
「あの場面、よかったよね~」
 塚田さんは映画のパンフレットを鈴ちゃんだけじゃなく、私にも買ってくれた。
 ランチは井之頭公園近くのカフェを、塚田さんは予約しておいてくれた。何から何まで気が利くって言うか、すごい気遣いの人だなあ。
 鈴ちゃんは、映画の感想をずっとしゃべり続けていて、私も「あのシーンはカッコよかったよね」のように話を合わせた。

「お待たせいたしました」
 店員さんがパスタとサンドイッチを運んできた。
「こちらのパスタ、娘さんと分けますか?」
 一瞬、私と塚田さんは目を合わせた。
「あ、ハハハイ、分けます」
「取り皿をどうぞ」
 店員さんは微笑んで去っていく。

 娘さん。娘さん。娘さん。
 私たち、親子に見えてるってこと、だよね。
「なんか、すみません。親子に見えちゃったみたいで」
「あ、いい、いえ」
 塚田さんの顔が赤くなってる。きっと、私の顔も真っ赤っ赤だろう。
 動揺してるのを悟られないよう、野菜たっぷりパスタを小皿にとって、「ハイ、どうぞ」と鈴ちゃんに渡した。声が裏返ってるけど。

「ありがと。先生も、サンドイッチ一つ食べて」
「ありがと~。いただきます」
 確かに、このやりとりを傍から見たら、親子に見えるだろうな。
 私は塚田さんを見るのが恥ずかしくて、鈴ちゃんのほうばっか見てた。

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