くまモンとコウペンちゃんをこよなく愛する、人生の旅人です。一編の小説が人生を変えること…

くまモンとコウペンちゃんをこよなく愛する、人生の旅人です。一編の小説が人生を変えることもある。そんな物語の力を信じています。小学館「第3回日本おいしい小説大賞」で最終選考に『羽釜の神様』が選ばれました。

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  • 女子高生×ミニチュアハウス

    後藤葵はミニチュア作りが大好きな女子高生。 つらいときも、悲しいときも、ミニチュアを作っていれば、すべてを忘れられる。 そんな葵のミニチュアが注目を集めて、人生が大きく動き出す。 さまざまな出会いと別れを繰り返しながら、「本物の愛」に辿り着くまでの、一人の少女の10年間の物語。 *ミニチュアハウスは「ドールハウス」とも呼ばれていますが、本作では「ミニチュアハウス」にしています。 *作中、文章が途中で途切れているのは、葵が高速で心の中でおしゃべりしている様子を表す演出です。

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文学賞の最終選考に残ると、何が起きるのか

 noteビギナーは自己紹介から始めるのが定番のようですが、自分の職業について知られたくないという諸事情があり、迷っていました。  しかも、今までの経歴も変わりすぎているため、知り合いにすぐに特定されてしまいそうで…。  そこで、自己紹介がてら、文学賞の最終選考に残った時の話をすることにしました。noteには小説家を目指して文学賞に応募している方も大勢いらっしゃるので、参考にしていただければ幸いです。 応募したのは新しい文学賞  私が応募したのは小学館の「第3回 日本お

    • 愛なんか、知らない。 最終章④動きはじめた時計

       親御さんが迎えに来たり、そうではない子も「さよならー」と元気よく帰って行く。  お母さんに「おにぎり、見て!」って目を輝かせて見せてる子もいる。 「あら、パンダ? かわいいじゃない」なんてお母さんに褒められて、嬉しそう。  はあ~、こういう光景見てると、やってよかったなって思えるよ。  と、その時、リンちゃんが何かを作っていることに気づいた。 「リンちゃん、何作ってるの?」  見ると、細長く丸めた粘土を、ネコ型おにぎりにつけようとしてる。 「あ、もしかして、ネコのしっぽ?

      • 愛なんか、知らない。 最終章③こども食堂のワークショップ

         心にこども食堂のことを話すと、「いいんじゃない? 葵には向いてそう」と言ってくれた。 「久しぶりに、声が明るい感じだね」 「うん。久々に、やってみたいって思えることができた感じ」 「うん、うん。よかったね」  そういう心の声も、だいぶ落ち着いてきた気がする。 「夏のキャンペーン向けのメニューの打ち合わせとかあるから、今週、そっちに帰るよ」 「ホントに? うちに寄ってくれてもいいし、どこか別の場所で会ってもいいし」 「そうだね。また連絡するね」  ようやく、少しずつ、少しずつ

        • 愛なんか、知らない。 最終章②愛の足跡

          「ごめんなさい、お待たせしちゃって」  総白髪でぽっちゃりしたおばさんが、エプロンで手を拭きながら私の隣に立った。 「あの、これ、もしかして、純子さんが」  おばさんはにっこりと笑う。 「そう。さすが、よく分かりましたね。これは純子さんが作ってくれたの」 「そうですよね。純子さんっぽいなと思って」 「私、純子さんの作品のファンで、ずいぶん前に個展を観に行ったのね。その時に純子さんとお話しして、こども食堂をやってるんですって言ったら、ここに見学に来てくれて。それで、この家を作

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        文学賞の最終選考に残ると、何が起きるのか

        • 愛なんか、知らない。 最終章④動きはじめた時計

        • 愛なんか、知らない。 最終章③こども食堂のワークショップ

        • 愛なんか、知らない。 最終章②愛の足跡

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        • 女子高生×ミニチュアハウス
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          愛なんか、知らない。 最終章 愛を知る家 ①哀しみの乗り越え方

           人生で、つらい思いをする回数って決められてないのかな。  もし決められてるなら、私はもう十分すぎるほどのつらい思いをしたと思うんだ。  大切な人とのお別れって、どうやって乗り越えればいいんだろう。おばあちゃんが亡くなった時は、どうやって乗り越えたんだっけ?  毎日泣いて、泣いて。涙って枯れないもんなんだなって思うぐらい、泣いて。いつ、平気になったっけ?  純子さんがいなくなって二週間が過ぎた。  この二週間、何をやっていたのか、覚えてない。泣くために起きてる感じ。  机の

          愛なんか、知らない。 最終章 愛を知る家 ①哀しみの乗り越え方

          愛なんか、知らない。 第8章⑨いつか、笑顔でさよならを。

           純子さんのお見舞いに行った翌日。  朝、庭で植木の水やりをしながら、純子さんの「新しいミニチュアを作るのだけがミニチュア作家の仕事ってわけじゃない」という言葉を思い返していた。  今の私には、何ができるんだろう。  分からないけど、とりあえず、教室を本格的に再開しよう。人数が少ないほうが、今の私にはちょうどいい気がするし。老人ホームのワークショップも、ホームに連絡をしてみよう。  私にはやっぱ、ミニチュアしかない。他の仕事なんてできないよ。  だから、もう、逃げるのはやめ

          愛なんか、知らない。 第8章⑨いつか、笑顔でさよならを。

          愛なんか、知らない。 第8章⑧やさしい時間

          「それじゃ、葵ちゃん、一人で家にいるわけじゃないのね」  純子さんは心底ホッとしたような表情になる。  純子さんは精密検査をしても、結局どこにも問題は見つからなかったようで、一週間ぐらいで退院した。今は自宅で安静にしている。 「ハイ、一応は。でも、お母さん、帰って来ても何もしないで、家でゴロゴロしてますけど」 「それは困るわねえ。仕事は探してるのかしら」  純子さんはベッドから起き上がって、私と心と会話している。といっても、心はベッドから離れた位置に座って、ずっと爪をいじっ

          愛なんか、知らない。 第8章⑧やさしい時間

          愛なんか、知らない。 第8章⑦「ただいま」も言わずに。

           病院から帰って来た時は、既に9時を回っていた。  真っ暗な家の中。出かける時は一か所だけでも電気をつけて行かないと危ないんだけど、そんなこと考えてる余裕はなかった。  パチンとスイッチを入れても、明かりに映し出されるのはガランとした、からっぽな家。  リビングまで重い足を引きずるように運び、ソファに倒れ込む。  どうしよう。純子さんまでいなくなっちゃうことになったら。  ううん、そんなことない。純子さんがいなくなるなんて、不吉なことを考えたらダメだ。  だけど、純子さんま

          愛なんか、知らない。 第8章⑦「ただいま」も言わずに。

          愛なんか、知らない。 第8章⑥予期せぬ知らせ

           優がアメリカに帰ってしばらく経ったころ、お父さんから「今月、ボーナスが出たから、お金を振り込んどいた。ちょっとだけだけど」とメッセージが届いた。  銀行口座を確認すると3万円振り込まれてる。ありがたい。今は教室でしか稼げてないから、数万円でもお金をもらえるとホッとする。 「ありがとう。助かる」とメッセージを送ったら、スタンプが送られてきた。  たぶん、私に何が起きたのかは、奥さん経由で聞いてるんじゃないかと思う。あの奥さんなら、私のことを調べて圭さんの騒動のことも話してそ

          愛なんか、知らない。 第8章⑥予期せぬ知らせ

          愛なんか、知らない。 第8章⑤さよなら、また会う日まで

           優は立ち止まって、私の顔を見た。 「葵のミニチュアはすごいんだから。人を感動させる力を持ってるんだから。葵の世界は、誰にも壊せないから。そんなやつのせいで作れなくなっちゃうなんて、ホント、悔しくて」  私はなんて答えていいのか分からなくて、うつむいた。 「私、高校の時、葵にミニチュアを教えてもらって、どれだけ救われたか……。あの家にいる時も、豆本を作っている時間は自分でいられたんだ。親から冷たくされても、妹がかわいがられるのを見てても、『次はどんな豆本作ろう』とか考えて、

          愛なんか、知らない。 第8章⑤さよなら、また会う日まで

          愛なんか、知らない。 第8章④思いがけない訪問者

           やっぱ、ミニチュアの仕事、やめようかな。教室もやめよっか。人数も減っちゃうし。  そんな気持ちがフツフツとわいてきた。  実は、盗作騒動の後、就活っぽいことをしたこともある。ミニチュアから離れるために。  でも、大学4年の冬なんて、当然だけど、どこの企業も募集なんてしてなくて。  キャリアセンターに相談して、やっと受け入れてくれる企業を見つけて、面接に行った。急遽買ったリクルートスーツを着て。  名前を聞いたこともない、どんな仕事をしているのかもよく分からない、中小企業

          愛なんか、知らない。 第8章④思いがけない訪問者

          愛なんか、知らない。 第8章③さよならの連続

           心が去って一週間後、井島さんが家を訪ねて来た。  今後のことで、会って相談したいって言われて。 「心さん、千葉に行っちゃったんだ」 「そうなんです」 「じゃあ、葵さん、今はこの家に一人きり?」 「ハイ」 「そっか。こんなに広い家に一人じゃ、心細いでしょ」 「ええ、まあ」  お茶を出すと、井島さんは「これ、よかったら食べて」と手土産の焼き菓子をくれた。さっそく、二人で食べることにする。  オンラインじゃなく、リアルに戻したいってことかな。どうしよう。オンラインなら大丈夫だ

          愛なんか、知らない。 第8章③さよならの連続

          愛なんか、知らない。 第8章②失った色、失った光

           リビングのソファに腰を下ろす。  ああ。また一人になっちゃった。しばらく涙が流れるに任せていた。泣き声が、からっぽの家に響く。  リビングの景色も、1年半前とは違う。  ここに置いていた教室の生徒さんたちのミニチュアがないからだ。  圭さんの裏切りにあった後。  私はミニチュアを見るだけで、吐き気に襲われるようになってしまった。  何度もトイレに駆け込む私を、心は黙って介抱してくれた。トイレの床にうずくまって泣きじゃくる私のことを、心は優しく抱きしめてくれて。  そんな状

          愛なんか、知らない。 第8章②失った色、失った光

          愛なんか、知らない。 第8章 旅立ちの家 ①春、旅立ちの家

           今って、何月だっけ。  私は縁側に座って庭をぼんやり眺めていた。  庭の木は青々と茂っていて、花壇では心が育てている野菜がすくすく育っている。頬をなでる風はやわらかだ。  リビングの壁にかけてあるカレンダーを見たら、5月になっている。  そっか。  もう、1年半ぐらいになるんだ……。 「葵」  背後から心が声をかける。 「迎えが来たから、行かなきゃ」 「そっか」  心は箱を抱えている。その中にあるのは、きっと。 「ごめん、半分しかできなくて」 「ううん、僕も仕事で忙しくな

          愛なんか、知らない。 第8章 旅立ちの家 ①春、旅立ちの家

          愛なんか、知らない。 第7章⑬にせものの家

           どういうこと? どういうこと?  私、圭さんに「夜の音楽室」を見せたっけ?  ううん、一度も見せてない。写真だって、バイオリンとか、楽器ができた時は送ったけど、それだって数枚だ。  じゃあ、圭さんはどうやって。  まさか。まさか。  あの日、あの夜。  私、あの日、圭さんにスケッチブックを見せた。圭さんに抱かれた、あの夜。 「葵ちゃん、圭君のこと、やっぱり誰も分からないみたいで」  純子さんが戻って来て、私の様子を見て異変に気付く。 「どうしたの?」  私は何も答えられ

          愛なんか、知らない。 第7章⑬にせものの家

          愛なんか、知らない。 第7章⑫まさかの裏切り

           圭さんの部屋に行った帰りの電車の中で、日本クリエイター展のホームページを検索した。  トップページに出ている展示会の日程を見て、息を止めた。  今週の土日……?  え? 締め切りは……え、三週間前? え? え? どういうこと? もしかして、圭さん、間に合わなかったの? でも、そんなに大変な作業は残ってなかったはずなんだけど。トルソーを作れなかったとか? だとしても、コテージだけ出せばいいし。  もう一度電話をかけると、通話中だった。時間をおいて何回かかけてみたけど、ずっと

          愛なんか、知らない。 第7章⑫まさかの裏切り