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高間大介(NHK取材班) 『人間はどこから来たのか、どこへ行くのか』 角川文庫

これも職場で言葉について一席ぶつのにあれこれ下調べをする中で読んだ。本書を知ったのは山﨑努の『柔からな犀の角』(文春文庫)を読んだときに、その中で触れられていたからだ。山﨑の本を読んだのは、ほぼ日の「俳優の言葉」という不定期の連載を読んだのがきっかけだ。

本書は2008年10月から翌年10月にかけてNHKで放送された「サイエンスZERO シリーズ ヒトの謎に迫る」をもとに構成されたものだ。本書のタイトルはゴーギャンの晩年の作品に因んでいる。ちょうど2009年の夏に東京国立近代美術館で「ゴーギャン展」が開催され、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」(ボストン美術館所蔵)は目玉の一つだった。展覧会の図録の90頁から125頁までが本作のために割かれている。私は2009年7月29日に本展を見た。本作に絡めてフランスとタヒチとの関係から言葉について何事かを語ることもできるのかもしれないが、今はその何事が思いつかない。それよりも、人類は元を辿ればアフリカ大陸のかなり限定された地域に源を発するのに、言葉がこれほど多様化したのは何故なのかという問題意識から今回本書を手にした。

各章ごとにテーマが異なり、それぞれの分野の専門家が案内役を務めている。その中で特に気になったことをまとめておく。

第1章 DNAが教えるアフリカ大陸からの旅路
篠田謙一 国立科学博物館人類研究部人類史研究グループ長(現:同博物館館長)
まずは思考の大前提として挙げるべきは、我々人類はアフリカ大陸で誕生したということ、それが世界中に移動して現在の様相に至ったということ。それはDNAに蓄積された突然変異を調べるとわかるのだそうだ。

たとえば、現在のアフリカ人と、その他の大陸に長く住んでいる人々のDNAを比べると、アフリカの人々だけが圧倒的に多様である–つまり、いろんなタイプの突然変異を見つけることができる。このことからズバリ、「現生人類はアフリカで誕生し、そこにかなり長いあいだとどまったあと、アフリカの外に出た」と結論づけられる。

12頁

我々ホモ・サピエンスが20万年ほど前にアフリカに誕生し、6万年ほど前から移動を開始して世界中に広がるのである。その一部が日本列島に辿り着いたのが4万年ほど前だというのである。日本への到達ルートは大別して3つあるらしい:1)大陸沿岸部から南の島々を伝って北上するもの、2)朝鮮半島経由、3)サハリンからの南下。当然、それぞれのルートの起点に至るまでに様々な経路があるはずだ。その経路がDNAの分析でわかるのだという。例えば、案内役の篠田の祖先は3万年前頃にパキスタン付近からシベリアへ向かい、北回りで東アジアへ入って日本に至った、という。DNAの何をどう調べてそんなことがわかるのか、私にはさっぱりわからないのだが、ミトコンドリアのDNAは母から子に遺伝する(父母ごちゃ混ぜにならない)という性質があるので、その性質を利用して分析すると遺伝経路がわかるらしい。

DNA分析が明らかにしたのは、同じ民族が必ずしも遺伝的に近い関係だけで構成されているわけではないという事実なのである。

19頁

ちなみに、父から息子にだけ受け継がれるDNAもある。性染色体のひとつであるY染色体だ。ミトコンドリアのDNA同様、Y染色体のDNAを辿ることでも個人の祖先の何事かを知ることができる。南米の山岳地帯で暮らす先住民族のケースが興味深い。ペルーでの事例が紹介されている。

母親を通して受け継がれるミトコンドリアDNAについては90パーセントを超える人が、先住民族本来のDNAを受け継いでいたのに対し、Y染色体では半数以下だった。残り56パーセントはどこから来たか。じつは、主にヨーロッパ人のDNAだったのだ。(中略)ミトコンドリア、つまり母方では、先住民族のDNAを受け継いでいる人は80パーセント以上。しかし、Y染色体、つまり父方では、わずか8.6パーセントだったのである。この数字、大雑把にいえば、父親の系統を遡れば、9割がヨーロッパ出身であるということで、先住民族の男の遺伝子は大半が駆逐された状況なのだ。

33-34頁

人間だけでなく地球上の全ての生物はDNAという同じ記号で書かれた生命の設計図で作られている。進化の過程を遡ると全ての生物は同じ祖先に行き着く。それが今はたくさんの種類に分かれて互いに食い合い、時に同類同士でも殺し合いを繰り返している。そこには自他の別の意識や認識があるということでもある。そうなると「自分」とか「私」とは何者なのか、という疑問が当然に湧く。明白なのは「私」にとっては生物種の上での同一性というものは意味をなさないということだ。人間同士、仲間同士、というのはそれほど強い同一性ではないのである。

本書は全部で10章あるのだが、最初の章だけで長くなってしまったので、ここでは第1章のことで止めておいて、日を改めて第2章以下で気になったことを書くことにする。篠田先生の話は以前にも取り上げたことがある。それも今回と関連する内容だ。

ところで、15日に職場で一席演ったわけだが、準備していたことの四分の一も語ることができなかった。15分というと寄席のトリの持ち時間と同じなので、もっといろいろ話すことができるかと思っていた。人前で話をする機会などもう10年以上もなかったので、不慣れな所為もある。かといって練習するほどのことでもないので、次回は思い切り的を絞った話にしないといけないと思っている。

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熊本熊
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