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季節を感じて向かう西

「切符を拝見」「切符? え、あ。持ってないです」角刈りで色黒の車掌は、若者の顔を睨むように眺める。
 数秒後、突然車掌は頷くと「あ、失礼しました。そのまま終着の西駅まで乗っていてください」と言って、若者の前を立ち去った。

「あれ、なんで列車に乗っているのだろう」若者はそれまでの記憶がない。どこかで記憶を失ったのか? 気が付いたら列車に乗っていたのだ。
「終着駅は西駅。西って何があるんだろう」それ以上に若者が気になったのは列車の中だ。列車は決して新しいものではない。どこか異国の途上国で走っているようなオンボロの車体。
 半世紀以上使っているかのようで、錆びている所や黒ずんでいるところが目立つ。そう言えば座席も木でできた固いボックス席。若者は席から通路側に身を乗り出してみる。他の座席には十数名の乗客が乗っているようだ。彼らの見た目はやや色が黒く、外国人のようにも見える。
 だけど車掌は日本語を話していたし、西駅と言うのは日本語。だから外国ではないのだろう。「とりあえず終着まで乗ってなさいか」

 エアコンも何もない車内であるが、どこかで窓が開いているのか? ときおり風が車内に入ってきて非常に心地よい。ディーゼルのエンジン音がが響き、ある程度の時間が来ると汽笛を激しく鳴らす。
 またレールのつなぎ目では激しく揺れた。さらにカーブを描いたときには、はるか遠くに先頭の機関車が円弧を描くのが見える。長編成の列車は枯れ木が続く荒野のような風景をただ走っているのだ。

 ボックス席には若者以外には誰も乗っていない。若者は車窓と社内を交互に眺めていると「次は春山駅に停車します」と日本語のアナウンスが流れた。ひきつづき若者はしばらく続く荒野を見ていたが、突然黄色い花畑に変わる。「うぉお!きれいだ」菜の花だろうか、黄色い花畑が延々と続くと列車は急速に速度を落とす。
 こうして春山駅に到着した。穏やかな空気が漂っているのが車内からでもわかる明るさ。そこへ降りていく人を見るとランドセルを背負った小学生くらいの子どもの姿が目立っていた。もちろん大人の姿もわずかではあるが見える。
 こうして何人か出ていくと、わずかばかりの大人だが乗ってくるのが見えた。若者は車掌に終着駅までと言われているし、そもそも春山駅と言われても、どこのことなのかぴんと来ない。

「そうだ」若者はズボンのポケットに手を置いた。そこにスマホが入っているから位置確認すれば済むだけ。だけどスマホが入っていないのだ。
「あれ、どこ。でも何も持っていないし。なくしちゃったのか... ...」
 出発を告げるベルが鳴ると、ゆっくりと列車は春山駅を出発した。列車は先ほどよりも若干速く走っているような気がする。
 車窓からの風景が早く過ぎ去っていく。代わりに車内の揺れが少し激しい。ときおり体を揺さぶる大きな揺れがあり、思わず座席につかんでバランスを保つ。

「つぎは夏海駅に停車します」とのアナウンス。「春の次は夏か。一体どこに向かうのだろう。しかしずいぶん飛ばしているな」などと考えているとそれまで黄色一面の畑が続いていたが、突然新緑のの木々に囲まれた森の中を走っている。
「急に風景が!」木はどのくらい高いのか、若者は窓越しに確認しようとするが、残念ながら体を上に起こして。最大限に視線を上にしても緑で覆われた森の先端が見えない。諦めるとやがて速度が遅くなる。
 樹齢数百年はあろうかと思える大木が並んでおり、その先は薄暗い目の前の緑とは対照的だ。

 急速に列車が速度を落とすと駅に夏海駅に到着する。ここでも十数人が降りていく。この駅では中学生くらいの夏の制服を着た男女の姿が目立っている。森に囲まれているがその隙間からくる光は非常に厳しい。暑いことは間違いないようだ。「でもこんな森の中に中学校が!」若者はこの駅に降りてみたくなる。だがすぐにやめておくことにした。
 どう考えても降りて、わけのわからないところに置いてきぼりになるのが怖い。今はこの列車の中にいるのが一番の安全策。
「終着駅の西まで行けば、見えてくるものがあるはずだ」

 暫くするとベルが鳴り、夏山駅から列車が動き始める。列車はまた速度を上げ、先ほどよりもさらに早くなっているような気がする。まるで動画を倍速で見ているかのように森の新緑。覆われた木々が過ぎ去っていくのだ。揺れも激しいが、先ほどとそれほど変わらない気がした。
「次は秋野駅に停車します」とのアナウンス「春、夏、秋かあ、季節を巡っているようだ。ひょっとしてオレンジの風景に変わるとか」

 若者はそんなことを考えていると、本当にその通りになる。急に視界が開けたかと思えば、等間隔で木が生えているが、先ほどのように密集していないし木の高さも高くないから開放的である。
 天気が良いようで、日差しが車窓越しに入ってくる。その木々はすべて紅葉していてオレンジから朱色に染まっていた。
「今は秋なのか。さっきまで夏だったような。あれ? それすらもわかなくなっているし、これって一体どういうことなのだろう」

 やがて高速で走った列車は速度が急に遅くなる。こうして到着したのが秋野駅。ここでも乗客が降りるが、同じ制服姿でも冬服をまとっていて体格が大きい「高校生?」若者は徐々に乗客の年齢が上がっているので、不思議で仕方がない。この駅には風が吹きつけているようで、紅葉の赤い葉が風に踊らられるように舞っている。
 そしてベルが鳴り、列車は動き出す。「わかった、次は冬の名前が付く駅で、風景は白になる!」若者はクイズを楽しむかのように予言する。

 その予言は当たった。「次は冬が丘駅に停車します」とのアナウンス。速度は先ほどよりもさらに早い。あまりにも風景が早すぎて少しでも見ていると、急に目が疲れてくる。「これじゃまるで新幹線のようだ。このぼろ車両なのに」そして途端に場面が変わると今度は雪景色。
「やっぱり、ということは太平洋側から日本海側に向かっている?」雪国のような風景はあたり一面が白い。だが建物も木もないのだ。そして山もないから地平線のようにただ広がった風景。ただし空はいつしか厚い雲に覆われていた。「急に雪国に来たようだ。そう言えば寒いよ!」男が車内で感じる風も寒い。本当に冬に来たのだろうか、ではさっきは何だったのか? 若者の頭は混乱し、体が寒さで震えた。列車はまた速度を急速に落とす。こうして冬が丘駅に到着した。

「わかった降りるのは大学生」これも若者の言う通り若者と同学年くらいの若者大学生? らしき男女が仲良く降りて行く。
「でもあんなに雪積もっているのにコートを来てないや」大学生らしき集団はセーターとマフラーだけはしていた。やがてベルが鳴ると、列車はゆっくりと動き出す。

「春、夏、秋、冬と来たんだ。次は春だけど多分違うだろう。じゃあなんだ?」今度は列車の速度が、最初に車掌に声をかけられたときの同じくらに戻っている。さっきまであまりにも早かったので拍子抜けした。「揺れは少ないけど、なんかゆっくりだなあ」
 するとアナウンスが聞こえる「次は終着の西駅に止まります。間もなく渡ります参頭川を越えるとすぐに到着します。どなた様もお忘れものの無いようにお願いします」
「忘れ物って言っても何もないからな」若者は独り言をつぶやく。気が付いたら車窓は白一面ではなく最初に見た荒野になっていた。「元に戻ったみたい。春に戻るのか。でも川を渡ったら終着って言ってたよな」若者は車内を見渡したが、先ほどまでいた乗客は誰もいない。つまり一両貸し切り状態。

 ここで列車は突然停止した。「あれ? 信号待ち。初めてだなあ」
 数秒後にアナウンス「皆様大変申し訳ございません。現在参頭川が非常に荒れており、渡ることが困難です。誠に恐縮ですが当列車は、左にカーブしいったんサイクルのループに入ります。
「サイクルのループ?どういうこと?」若者はアナウンスの意味が分からない。列車は再び動き出すと、分岐したほうに入り大きく左にカーブを取る。「急なカーブだ。そのまま一周するのか」列車は90度以上を曲がると目の前に見える険しい山の中に入っていく。やがてトンネルが見える。「トンネルは初めてだ」と言い終えたときには列車がトンネルに突入。その瞬間真っ暗になった。「あ、何も見えない。そう言えばこの列車車内に電気なかった」暗闇の中をディーゼル音と線路のつなぎ目の音が聞こえる。しばらくすると急に音が小さくなりやがてなくなった。と同時に若者の記憶も。

ーーーー
「あれ、どこだここ」「お、意識を取り戻したぞ。おい、大樹しっかりしろ。孫が先に行くなんてありえんぞ!」若者は声を出す人物を見た時に記憶が一気に蘇る。祖父の茂がそこにいた。
「あ、じいちゃん。ぼく何してたの。あれここは」「良かった!」と横にいる女性。姉の萌が涙ぐんでいる」「あれ、姉ちゃん。なんで東京に」
「伊豆さん。意識が戻りましたので、もう大丈夫でしょう。彼に生きる気力があったから蘇生しました。おめでとうございます」白衣に身を包んだ銀縁メガネの男性も嬉しそう。祖父と姉はその男性に頭を下げている。設定として医者のようだ。
「そ、蘇生?」大樹は状況が理解できず不思議そうにつぶやく。「おまえ、心肺停止していたんじゃぞ」「え、じいちゃんマジで!」
「記憶が曖昧なんじゃな。大樹よ、お前大学の帰り、交通事故でトラックにぶつかって救急車に運ばれたんじゃ。心肺停止状態になったが、必死で蘇生をしてもらった。ようは生死の境をさまよっておったんじゃ。だから慌てて萌も東京から駆けつけてくれてな。朝まで父さんと母さんも病室に泊まり込み。4人で意識が戻ってくれるよう仏さまに祈った。どうやら聞き入ってくれたようじゃ。大樹が西方浄土に行くなんて早すぎるわ」

「あ!」大樹は事故前の記憶を思い出す。突然頭に痛みが走る。「イテてえ」
「大樹無理しないで、とりあえずゆっくり寝ていて。父さんと母さんは必ず生きて戻ってくれると信じて仕事に出かけたわ。でも良かった! ちょっと連絡してくる」萌はそういって涙を拭きとると病室から出て行った。

 大樹は痛い頭を抱えながら思い出す。その日大学で非常に嫌なことがあった。そのことで気もそぞろになった帰り道。信号が赤なのも気づかずに渡ってしまったことを思い出した。「じいちゃん今日は何日」
「おう、2月4日。お前が事故に遭ったのが1日の午後だから、丸3日間昏睡状態だったからのう。おかげで今年は2日の節分も3日の立春どころじゃなかったわ。今日4日は西の日じゃそうじゃが、まあ何もないわな」
「そうか。それで僕の小学校から大学までのこれまでの人生のサイクルが走馬灯のように、季節とリンクして見えてたのか。 え? 参頭(さんず)川ってまさか!」
 このとき大樹は、思わず全身から震えが来るのだった。


こちらの企画に参加してみました。
(こちらの記事内で、春夏秋冬がサイクルを意味するようなことが書いてありました。そこから今回の創作が湧き出たのです)

「画像で創作(2月分)」に、砂男(すなを)さんが参加してくださいました

当初は「これまで」と「これから」を使った言葉遊びのように見えて、実は仕事上や生きる上での、ためになるような重要なメッセージが秘められているエッセイです。ぜひご覧ください。


こちら伴走中:22日目

※次の企画募集中
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皆さんの画像をお借りします


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シリーズ 日々掌編短編小説 379

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