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感謝は、外に関心を向ける習慣

前回の記事

感謝で思考回路を書き換えるのですが、何から、何に書き換えているのかというと、関心を向ける方向を「自分」から「外」に書き換えていると私は考えています。


関心が自分に向いている

先日、自転車で帰宅していると急に雨が降り出しました。
天気予報が外れたことに少しイラっとします。

このまま30分くらい自転車を漕いで帰ることになるので
きっとずぶ濡れになります。

暑い中で濡れるとムシムシしてかなり不快です。
濡れたシャツが風でピタッと体にはりついてきます。
靴下も靴も濡れてベチャベチャで嫌な感じです。

自転車も泥で汚れてしまうので、また掃除しないといけません。
それでせっかくの休日が潰れてしまうので最悪です。

こんな風に
雨が降りそうだったり、少し降ってきただけでも
雨にずぶ濡れになった後のことを想像して嫌になってきます。

この時、関心は自分に向いています。

いかに心地よく自転車をこいて家に帰ることが出来るか
次の休日をゆっくり過ごせるか。
何もかも上手くいっているはずの自分です。

自分の思い通りになれ!と思っても
現実はそうはいかないのでイライラします。


関心を外に向ける

同じ雨の状況でも、何だか楽しくてワクワクするような時もあります。

雨は天の恵みです。
庭の野菜がたっぷり水分を吸収して、ぐんぐん育つような気がしてきます。

雨が降り出すと同時に、カエルの合唱が大きくなってきます。
自然の中にいるような気がして安らぎを感じます。

子供を迎えに行く時間。
傘が雨粒を弾く音が、ポロポロと心地よく聞こえます。お迎えの時間を、音楽を聴きながら散歩しているかのような感覚にしてくれます。

この時、関心は外に向いています。

自分の思い通りになっているかどうかではなく
純粋に今起こっていること
自分ではない誰か、何かについての関心です。


自分にばかり関心を向けると辛くなり
外に関心を向けると幸せになる

仕事も、生活も、子育ても
思い通りにならないことばかりです。

  • 欲しいものが手に入らない

  • 給料が増えない

  • 子供が期待通りに成長しない

  • 過去の出来事が変えられない

思い通りにならないのに、思い通りにしようとする
でもやっぱり思い通りにならずに、辛くなる。
目の前のことが嫌になる。

その繰り返しで、負の思考回路は強化され続けます。

でも、関心を外に向けることで
自分の中にあった不一致は、姿を消します。

そうじゃない、こうだ!と思っていたことが
それは、それ と思えるようになります。

そこに近づく習慣の一つが感謝です。


感謝すること

感謝することを、単に「ありがとうと言いましょう」という
話で終わってはもったいないと思います。

敬意や礼儀正しさ、挨拶としての役割よりもっと深い意味があって
現代まで受け継がれているのではないかと思います。

感謝するためには、相手のことを考えたり、周りをよく探したり
関心を外に向けないと出来ないからです。

してもらったと分かった時に感謝するという受け身なものではなくて
もっと主体的に感謝して行くことが幸せになるということを
昔の方も発見していたのだと思います。

記憶の中でいつも私を助けてくれている祖父は、感謝を大事にしていた一人です。


たとえ今は嫌なことがあるとしても

誰かに傷つけられたり、迷惑なことをされたり
虐げられたりすることは、たやすく許せることではありません。
もし家族や自分が傷つけられたなら
今の私でも、確実に怒って現実を変えよう抵抗すると思います。

それでも、時間と人の関わりが助けになって
時間がかかったとしても
関心を向ける方向は変えることが出来ます。

最終的に許すことが出来ないとしても
事実を否定することなく、変えようとあらがうこともない。
経験から何かを学び、新たに踏み出せたことに感謝する。

そこは目指せると信じて、感謝を書く習慣を続けています。




忘れないうちに書いておこうと思ったメモです。
考えを深めて修正する予定の未完成作品です。


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