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長編

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複数編の怪談です。一編の長さは中編と同等か若干長いです。
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2023年6月の記事一覧

校舎内の禁足地 十

校舎内の禁足地 十

 水滴が私の頬を滑り落ち、口元を通って床に落ちました。指紋の無い指でなぞられた様な感触に、何故か私は強い怒りを感じました。起こった感情が私からなのか流れ込んできたのか分かりませんが、とにかく強い怒りを感じたのです。しかし恐怖を上回ったのはほんの一瞬で、すぐさま背後に立つ霊の事で頭が一杯になりました。これまでの人生で出会わなかった目に見えない存在が、具体的な形を成してそこにいる。半透明だとか足が無い

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異形の匣庭 第二部②【早い再会】

異形の匣庭 第二部②【早い再会】

 物心がつく前からこのノートが絵本の代わりだった。母さんがくれた古びたノートには僕の知らない事が沢山書かれていた。山の天候の変化とか道具の手入れの仕方に建築の基礎まで、内容は多岐に渡っている。小さい頃は暇さえあれば読んで読んでとせがみ、母はそれに応えてくれた。沢山沢山聞かせてくれた。でも、どんな空想の物語よりも母の体験とそれを話す顔が大好きだった。それだけ母の毎日は充実していて、実りある人生だった

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異形の匣庭 第二部① 【神の地に降り立つ】

異形の匣庭 第二部① 【神の地に降り立つ】

 第一部はこちら↓

車窓からの眺めは初めこそワクワクしたものの、あとは案外退屈な風景が続くだけだった。一度も登った事のないスカイツリーを遠目に見ながら、ビル群を横切りトンネルをいくつか通過していく。時折雄大な自然が垣間見得、無機物的な景色から様変わりしていった。けれど幾度も見掛ければそれも只の風景でしか無く、コンクリートのジャングルと何ら変わりない。
 ただ、温度に関して言えば家を離れれば離れ

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校舎内の禁足地 九

校舎内の禁足地 九

怪談を登る足音は夕闇に吸い込まれて、呼吸や心臓の音すら出しちゃいけないんじゃないかと思うくらい静かでした。夜の闇も暗いと思いますが、この校舎の光景を一度でも見れば、赤い夕陽が作り出す影の方がより暗く不気味さを感じられると思います。だって、すぐそこには光があるはずなのに、影の部分はその光が届いていない様に真っ黒だったんですから。そんな中を懐中電灯も無しに進むのはあまりに恐ろしく、私も田添君も半泣きで

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