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第85年度原始魔法部新旧部長対決(ショートショート)

 ついに先日、木枯らし一号が観測された。水の抜かれたプールの底に二人の男が立っていた。パーカーにジーンズというラフな格好の上から黒いローブを纏った男が一人。そしてその向かいには高校制服のブレザー姿に紫色のマントを纏った男だ。ちょうどプールの四分の一の位置に立ち、木製の細い杖を右手に持って真剣な顔で睨み合っている。プールサイドからは制服姿の男女八名がそれを見下ろしていた。そのうちの一人が前に出る。
「それでは、第85年度原始魔法部新旧部長対決を始めます」
 「かまえ!」の声に合わせてふたりとも右手を前へ出す。「始め!」の声と同時に、ローブの男が地面を蹴った。
 2086年もあと少しで終わりを迎えようとしている。なぜこんな時期に85年度の部長対決が行われているのか。それを語るには少し時を遡らねばならない。

 魔法が見つかってから40年。最初は火を起こしたり小さな風を吹かしたりで大騒ぎしていた人類だが、SDGsの観点から早くも注目されものすごい速さで研究が進んだ。その結果、魔法は数年で一般人の知識ではついていけないほど発達し、今では自分が使っているものが科学ベースなのか魔法ベースなのかすらよく分からない、というところまで発展していた。高度に発達した魔法は科学と見分けがつかない。魔法が登場して三年後にはそんなジョークが流行ったらしいが、今ではまさに現実となっている。
 そんなわけで原始魔法などもはや誰も使っていなかった。一部の愛好家を除いては。市立A高校も例にもれず、原始魔法部は「かっこいいから」という理由で原始魔法を使いたい日陰者のバカが一学年に2,3人ほど入部してくるだけのむさ苦しいマイナー部だった。2084年までは。
 2084年の秋ごろから、急に杖を持った若者の姿が見受けられるようになる。きっかけはキャンプブームだった。火起こしや風止め風起こし、小さな虫程度に効く結界、テント内の温度低下や温度上昇エトセトラ。杖と呪文さえあれば自分の力で行えるとして、原始魔法が再注目されたのだ。キャンプギア売り場の横には杖も一緒に陳列され、キャンプに使える魔法呪文一覧の紙と一緒に売り出されるようになった。公園では若者が練習のために杖を振る。
 A高校にはキャンプ部は無いが原始魔法部があった。2085年の入部希望者は12人。ブームとは知っていたが、まさかこれほどの人数が来るとは誰も思っていなかった。そして何より驚いたのが、女子の多さだ。12人中7人が女子であった。
 3年生部員たちは大慌てで部室を掃除した。この部室に女子が立ち入るのは部活創立史上初めてのことであった。そんな先輩たちの様子を見ながら、当時二年生の俺は嫌な予感がするな、と眉を潜めていた。とくにぶっちぎりで興奮しながら指示を出している部長の姿をよく覚えている。

 まず活動日が増えた。週2の活動は週4へと変更になり、去年まで各自部活外で行っていた基礎練習を集合してやることへなった。もちろん一年生は能力が低い。中には杖を触ったことすら無い未経験者も混ざっていた。そんな子には部長が手取り足取り教え、時には居残りと称して部活終了時間に残される子もいた。もちろん部長が見るのは女子のみだ。男子の指導は副部長と二年生に丸投げだった。
 最初はニコニコしていた一年生たちの表情も陰りだし、ゴールデンウィーク明けあたりから欠席するものが増えてきた。呆れた三年生たちが受験を理由に顔を出す回数を減らし、一年の男子たちは不満を口にして二人やめた。
 それを期に部長の暴走はさらに激化。ついに部長のお気に入りで毎回残らされていた女子が泣いた。さすがにこれは問題となって、部内で明確なルールを設けることとなった。とはいえすでに部活に残っているのはまだ入部して数ヶ月の一年生と、気の弱い二年男子のみだ。仕方がなく俺が仕切ることにした。提案した案は二つ。1つ目が居残りの禁止。2つ目が、月水を基礎練習日として参加自由にし、火金を正規の活動日として基本的に全員参加するものとした。泣かれたのが相当ショックだったのか、部長は反対しなかった。それでも部長は週4回部室に顔を出した。だけど基礎練習日に来るのは野郎ばかりだったので、月曜と水曜の部長は寂しげだった。
 なんだか可哀想なので俺も律儀に週4回通った。寂しげな部長はだんだん苛立ちを伴うようになり、そのうち「一年生は基礎練習をサボり過ぎではないか」と全員が揃った金曜日に切り出した。「なってない。やる気が感じられない」と一人高圧的にまくしたてる部長を皆が冷めた目で見ていた。その頃にはもうほかの三年生は誰も来なくなっていた。
 10月。「みんなでキャンプに行きませんか」と一年女子からメッセージが来た。部屋にこもって練習ばかりなので、実践も大事なんじゃないかなって一年で話してて、と。急なメッセージに驚きつつ、同級生に確認すると、彼も同じように誘われていた。一年生ばかりで計画しているならじゃまになるのでは無いかと二年生を集めて話し合った結果、皆で着いていくことになった。キャンプなどしたことがなかったが、魔法の腕ならたしかに一年生より俺たちのほうが優秀だった。
 そうして当日、みんなで駅に集まって、ローカル線でキャンプ場のある田舎方向を目指す。空いた電車内で一年男子のお調子者ががぽつりと「部長だけいなくね?」と言った。女子たちはくすくすと笑い出した。
「だれか誘った?」
「だれも言わないでしょ」
 そうして一年生たちと俺以外の二年生がいたずらに笑った。悪い人ではないのだ。たまたま空回ってしまっているだけで、たまたま俺が組み込まれているだけなのだ。誰がいつああなったって別におかしくは無いのだ。俺はただ胃が痛かった。そうして電車内では原始魔法部キャンプ組というメッセージグループがはしゃぎながら作られた。
 結論から言えば楽しかった。それは皆も同じだったらしい。12月、クリスマスといえば暖炉だけど無理なので代わりに焚き火しましょうよ。この間のキャンプの簡易版みたいな感じで! メッセージグループに部長のお気に入り一年女子が書き込んだ。これがまずかった。彼女は間違えて部長も入っている原始魔法部グループの方へ書き込んでしまったのだ。「この間のキャンプってなに? お前知ってる?」と俺個人宛に部長からすかさずメッセージが飛んでくる。グループには誰も返事をしない。皆気づいているのだろう。俺は頭を抱えた。とりあえずスマホを放り投げて風呂に入る。遅くなっても風呂入ってましたって言えばいいのだ。実際に入ってるんだから。風呂で大いに悩んだ結果、「お目付け役として一応ついていきましたよ」と返信した。部長からの返事はなかった。
 その日以降、部長は「進学準備で忙しい」と言って部活に来なくなった。その後俺が部長となり、毎年恒例だった新旧部長対決は前部長不在により行われなかった。
 そんな前部長がまた部活に現れだしたのは、俺たちが3年になってゴールデンウィークが開けた頃である。

 大学へ進学したはずの部長はなぜか放課後の時間になると部室に現れるようになった。最初は部員みんな優しくしていたが、案の定新入部員相手に調子ぶっこくのでついに二年の女子たちが切れた。あいつを追い出せと部長の俺に抗議してくる。さすがに看過できないので、俺は新旧部長対決を申し込むことにした。俺が勝てば今後は部室への出入り禁止を条件に突きつけたところ、前部長は鼻で笑いながら大変憎たらしい言い方で挑戦を受けてきた。どうやら俺が、「前部長がでしゃばるせいで俺が女子に偉そうにできない」という理由で追い出そうとした、と勘違いしたらしい。勘弁してほしい。
 そんなわけで時期外れの新旧部長対決が開始したわけだ。
「始め!」の掛け声と同時に旧部長がこちらを目掛けて走ってくる。俺は身をかわした。すれ違いざまに旧部長のつぶやく声を聞き取った。杖に対してまっすぐ飛んでくる空気砲の呪文だ。俺が振り向いた空きを狙うつもりだろう。旧部長は少しでも射程距離を縮めるべく腕をこちらに伸ばしていた。きちんと軌道を読んで避けながらも、こちらも仕掛けるべく呪文を唱え始めた。
 旧部長は杖使いの繊細さに欠ける。腕の向きと杖の先端の向きを変えることで軌道を読ませないようにする細かな動作が苦手だった。それから呪文の詠唱スピードに緩急をつけるのも下手だ。そのかわり詠唱スピードの速さはピカイチだ。あと運動神経が悪いので回避もあまり上手くない。この辺の癖は熟知していた。去年真面目に基礎練習の日も部活に通ったおかげだ。案の定、旧部長は体力不足を補うために短期戦を仕掛けてきた。乱発する魔法をひたすら避ける。全部高速で詠唱するから魔法が飛んでくるタイミングは早いけど一定の速度だ。避けているうちになんだかリズムゲームでもプレイしている気分になってきた。謎の余裕が出てきた俺は旧部長の顔を見る。必死の形相で呪文を唱える彼を見て、なんだか悲しくなった。なぜ古巣に戻ってきたのか。きっと他に居場所が無いのだろう。4月に大学に入学したばかりじゃないか。
 旧部長の攻撃がやんだ。息を切らして膝に手をつく。しかしすぐに顔を上げてじゅもんを唱えだした。俺も再度構える。唱えきる直前、旧部長は空いた左手で俺のマントをひっつかんだ。俺はバランスを崩して旧部長に引き寄せられる。自爆する気か!? 俺は旧部長にぶつかる寸でのところで踏ん張った。旧部長の詠唱は残り1節。俺はとっさに相手の首元を掴んで放り投げてた。投げられると同時に詠唱し終わってしまった魔法は杖の先からあらぬ方向へ飛んでいく。とんでもない音とともにプールを囲うフェンスの一部に巨大な穴が誕生した。穴の向こうから、ぽかんと口を開けた野球部の姿が小さく見えた。

 一ヶ月の活動停止、部長の俺は一週間の停学、旧部長は今後一切高校の敷地内への立ち入り禁止。生徒指導の教員にしこたま怒られた後、下った判断は上記のとおりだった。
 停学三日目、案の定暇でしかたがない俺は不真面目にふらふら近所を散歩していた。土手の上を歩いていると遠くに座り込んでいる男が見えた。気にしながら道を進む。近づくに連れしょんぼりと丸まっている背中にただよう哀愁がよく分かる。そしてそれが旧部長であることにも気がついてしまった。ほぼ真後ろに来たあたりで俺は悩んだ。別に嫌いなわけじゃないのだ。無視するのもバツが悪い。俺はそっと後ろから近づいて隣に座り込んだ。旧部長は怪訝な顔でこちらを見た。俺だと気づいてハッとしていた。俺は意味もなく小石を掴んで川に向かって投げる。石は水しぶきを上げて川に沈んでいった。旧部長も真似して石を投げる。川まで届かず手前でカツンと跳ねた。
「……ごめん」
「いいっすよ、別に」
 旧部長は足を抱えて、膝に顔を埋めた。この人はこれからどこへ行くのだろうか。原始魔法部へは来られなくなったら河川敷で座り込むしかない。そんな旧部長が、俺は気の毒で仕方がなかった。
「先輩は部活には来れないっすけど、別に部活外でならこうして会えますし。俺AO入試でもう進学先決まってるんで、割と暇なんすよね」
「……まじで?」
 旧部長は顔を跳ね上げた。じゃあさ、じゃあさ、と俺の腕にすがりついてくる。一瞬顔をしかめそうになった。ミスった気がする。
「街コン一緒に行ってくれねえかな。大丈夫、偽装用の学生証はこっちで用意するから!」
 こいつやっぱだめだな、と俺はため息をついた。

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