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15歳の節目に互いの思いを伝え合う~感謝の気持ちを手紙に乗せて~

息子は
ソフトテニス部に
所属していました。

そこでの
息子の苦悩、葛藤
については
これまでも
度々記事にしてきました。

息子は最後の試合で
個人戦に出場し
全てを出し切り
無事に引退しました。

試合後の挨拶で
息子は以下のようなことを
話しました。

まずはじめに
色々とお騒がせして
申し訳ありませんでした。
クラブチームを辞めた後も
変わらず仲良くしてくれて
とても嬉しかったです。
団体戦のメンバーに選ばれず
チームは地区大会で負けてしまい
悔しくないのか
と言われたら
そうではありません。
でも、
この(最強の)メンバーでやっても
勝てなかったのだから
仕方がないと思っています。
これまで
応援ありがとうございました。

胸がいっぱいになりました。


さて、
今からひと月ほど前のこと。

テニス部恒例の
親子レクと三送会がありました。

三送会では
子どもから親へ
手紙を手渡すセレモニーがあります。

コロナ前までは
会場で一人一人
手紙を読み上げていましたが
今は手渡すだけになりました。

会が終わり
家に帰ってすぐに
息子から渡された
その手紙を読みました。

小さい頃は
よく手紙を書いてくれた息子ですが
思春期になってからは
そういうこともすっかり
なくなりました。

成長した息子からの手紙。

楽しみではありましたが、
真面目に書いていない可能性もあります。

あまり期待しないでおこう…
そう思いながらも
やっぱりドキドキして。

封筒を開け、
折りたたまれた便箋を
そうっと開いてみました。

今になって分かってきました。

という文章で手紙は始まりました。

強くなりたいなんて
全く思っていなかった。
大会が大嫌いで
出来れば出たくないと思っていた。
ただただ
みんなとテニスをするのが
好きだった。

息子は、
中学でテニスに出会い
テニスというスポーツが
好きになりました。

もちろん
やるからには
勝ちたいと言う思いもありました。

ただ、
強くなるため、
勝つため、
結果を残すために
ひたすらテニスに打ち込む
ということが
息子の思いとは
かけ離れたものだったことは確かです。

手紙はこう続きます。

感謝したいことはたくさんあります。
お弁当を作ってくれたこと。
応援に来てくれたこと。
ラケットを買ってくれたこと。
でも、
一番感謝したいのは
話を聞いて、
たくさん声をかけてくれたことです。
この3年間
何度も挫折しそうになりました。
その度に(お父さんとお母さんが)
励まし、支えてくれたから
最後まであきらめずに戦い抜くことができました。

3年間の色んな出来事が
思い出されて
涙が溢れました。

一人だけ
みんなと違う選択をした息子。

本当に色んなことがあったね…
でも、
一つ一つ乗り越えてきたよね…


この日の親子レクでは
心からテニスを楽しむ
息子の姿がありました。

中学でテニス部に所属し
テニスの楽しさを
知ることが出来たこと
たくさんの仲間が出来たことは
息子にとって
かけがえのない財産になったと
思います。

手紙の最後は
少しおどけた感じで
こう締めくくられていました。

これからも
◯◯ ◯◯(息子の氏名)は
自分の考えに正直に生きていくものと
思われますので
応援よろしくお願いします。

ただただ嬉しくて。
泣きながら
主人に手紙を見せました。

ぐちゃぐちゃな顔の私を見て
「俺は泣かないよ」
と主人がからかいました。

この日は
息子の誕生日でしたが
朝から晩(夕食)まで
テニス部のイベントだったので
家族での誕生会は
翌日にすることにしていました。

私は
この手紙の返事も兼ねて
15歳という節目を迎えた息子に
手紙を贈ることにしました。

この3年間
息子の姿を間近で見ていて
辛くて苦しくてたまらないことが
たくさんありました。

クラブチームや父母会の在り方には
疑問や不信感を越えて
怒りをおぼえることさえありました。

でも今になって分かりました。
それは全て
私が引き寄せた現実だったのだと。

この3年間
私が強く抱いていた感情。
それは
クラブチームや父母会への
不満、怒りでした。

それがそのまま現実となった…
批判したくなるようなことが
次々に現実となった…
それだけのことだったのです。

でも当時は
こんな風に
怒りが込み上げてくるのは
母として
当然の感情なのだと
思っていました。

これは
母の愛なのだと。

やがて時を経て
私は大切なことに気付いていきました。

どんなに辛い状況の中にあっても
喜びや幸せを選択することが出来る
ということを…。

そして、今、
この3年間の出来事を
素晴らしい出来事として
心から感謝出来るようになりました。

息子には
こんな風に伝えました。

一見すると、
(テニス部での)この3年間は
ネガティブなことばかり
だったように思えるけれど
見方を変えれば
そのおかげで
自分の本当の気持ちに
気付くことができ
本当に大切にしたいことは何かを
考えることができたとも言えるよね。
そう考えると
素晴らしい3年間だったなあと
感謝の気持ちでいっぱいになります。

中学生生活をテニスに捧げる
というクラブチームの考え方に
違和感を感じた息子は
2年生の春に
クラブチームを辞める
という決断をしました。

それは、
これまでテニス部員が
誰一人として
選ばなかった道でした。

自分で選んだ道とは言え
仲間と広がる差、
コーチから
見捨てられているに違いないと
という焦りや不安、孤独に
息子は苦しみました。

それでも
テニス部に所属し続けることを
選択した息子は
現状の中にある幸せに
目を向けていったのでした。

クラブチームを辞め
空いた時間で
自分が本当にしたいことが
出来るようになった喜び。

変わらずに
仲良くしてくれる
仲間たちへの感謝の気持ち。

そして
その仲間たちと
一緒にテニスが出来る幸せ。

息子は
辛い状況の中にいながらも
自分を大切にし
今ある幸せに目を向けていた…。

そう、
息子は私よりもずっと早くに
大切なことに気付いていたのです。

母親の私が
溢れる涙を止めることが出来なかった
あの時
息子はすでに
今の幸せに目を向けていたのです。

あの時の出来事を通して
私は大切なことに
気付くことが出来ました。

悪いことを
常に考えているということは
結局
その悪いこと、
望まない現状を
引き寄せてしまうことになるのだ
ということ。

どんな現状であっても
その中にある
幸せに目を向けていくことで
世界は全く違う光を放っていく
ということを。

ちょうど
この記事を書いている時に
やまりょうさんの記事に出会いました。

倒れかけてもなお
光に向かって
逞しく生きていく木の姿が
3年間の息子の姿と重なって
胸がいっぱいになりました。

https://note.com/natural_look/n/n928e4080dbba


息子への手紙の最後は
こう締めくくりました。

いくつになっても
我が子を愛おしいと思う気持ちに
変わりはありません。
お父さんとお母さんの元に
生れてきてくれてありがとう。
これからも◯◯のことを
応援しています。

15歳の節目の年に
思いがけず
こうして手紙をやり取りできたこと。
普段言葉で伝えきれない思いを
伝えられたことは
とても良かったと思います。

親子や家族
身近な人であればあるほど
面と向かって
感謝の気持ちを言葉にするのが
照れ臭かったりして
案外、本当の気持ちを
伝えきれていないものです。

今回
息子と手紙をやり取りしてみて
思いました。

これからも
何かの節目に
こんな風に
手紙で思いを伝え合えたらいいなと。

どんなに愛していても
感謝していても
心の中で思っているだけでは
相手に伝わりませんからね。

とすると…

次の手紙の相手は…

主人かな…。

もちろん
その時々で
言葉で伝えていくことが
一番なのですけれどね。

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