見出し画像

性善説2.0から考える。お酒で本性を暴けるか。

はじめに

みなさんこんにちは!フルーツボーイ中村です

私は見知らぬ老若男女に声をかけながら人間の本質を研究している自称、哲学実践家です。これまでに声をかけた人数は35万人以上で、その体験から性善説2.0という新しい考え方を生み出しました。

見た目は果物を売っている人
でも頭の中は「人間の研究」をしています。

果物がなければ人に声をかけられないので(ただの不審者になるので、、)、果物屋という肩書きを借りて、裏の活動をしているわけです笑


行商で人間の本質を研究👏人に声をかけまくる!(↓実際の動画)

さて今回は

「お酒で本性を暴けるのか?」

について、性善説2.0の観点から、私の考えを話します。

この記事を読めば、お酒が人間に与える影響だけでなく「人間は〇〇だ」という一つの視点を与えてくれ、人生が行きやすくなるかも知れません。人間の本質って何だろう?という「問い」を持ちながら読み進めていただけると嬉しいです。

それではスタート!!

性善説2.0をざっくりと

まずは性善説2.0のざっくりした紹介を。
詳しくは以下の記事を参照していただきたいのですが

正式名称は「体弱性善説」と言い、一言で表すと

「人間は環境に影響を受けやすい(弱い)けど、貢献したい(善)生き物」

ということです。これは35万人の行商経験から分かってきたことです。

これだけ聞くと

ふむふむ、言っていることは理解できるぞ!

となるかもしれませんが、大事なのはその「構造」を理解すること。

それは、、、

外側と内側の二重構造

です。

ざっくり説明します。

外側とは、、
外部から刺激を受けて反応する身体のこと(=本質ではない)。
体弱性善説ではこの身体のことを環境の鎧と呼びます。関わってきた人、生まれ育った環境によって形成された「価値観のかたまり」のようなものです。一つとして同じ色はなく、一般的には性格や個性とも言われます。

内側とは、、
人間の本質のこと。環境の鎧の内側に隠れているため、とても見えづらい。環境の鎧とは違い、どんな環境で育っていようが、揺るがない、染まらない(真っさら)、確固としたもの。人間全員が共通して持っているもの。


特徴的な部分は

外側の説明で「身体」について言及している

ところでしょう。
一般的には、性格や個性を「それが身体だ」とは言わないので、慣れない表現です。だからこそ、この新しい性善説を理解するにはとても重要なのです。性善説論者の中でも、心ではなく、身体について言及している事例を私は見たことがありません。

お酒は身体にのみ、影響を与える。


さて、本題に入っていく前に、ChatGPTの答えを先に載せますと、、

お酒を飲むと本性が出るという言葉は、一般的には俗説や迷信の一つと言えます。科学的な証拠は存在しませんし、この主張は複雑な社会的、心理学的要因によって説明されることが一般的です。

ChatGPT

なるほど、科学的な根拠はない、、と。
じゃあなぜこのような言説が広まったのかを調べてみると

①アルコールの影響・・・中枢神経に影響し判断能力が低下→冷静さを欠く無防備、→「本性が出た」と誤解。

②社会的期待・・・お酒=「楽しい時間を過ごす」という社会的期待があり、それに答えるために自分を楽しく見せる(本性ではなく、社会的期待に答えているだけ)

③ストレスの発散・・・アルコールの摂取によって感情を表に出すことがあり、それが「感情の発散」=なぜか「本性が出た」という言葉に置き換えられる

とまぁこんな感じ。
「本性が出た」と解釈したほうが社会的にはいろいろと都合が良いのでしょう。

結論

お酒への影響は身体まで。お酒は人間の本性を暴ける力は持っていない

ということが分かります。

身体は「張りぼて」という感覚が重要

さて考察する前に
一つ結論付けておきたいことがあります。それは、、

身体は「張りぼて」だということ

身体は外側であり、人間の本質ではないうことを上記で説明しましたが、踏み込んで言うと身体は「張りぼて」だということを意味しています。

性善説2.0の中では環境の鎧という言葉に置き換えていますが、言葉にとらわれるのではなく、「張りぼて感」をイメージしてください。

・ただのハコ、人間の皮袋
・後天的につけられたものに過ぎない
・貼り付けられるが、剥がせるもの
・本物ではなく、偽物

みたいなイメージをもってもらえると幸いです。

お酒は「張りぼて」をあらわにしているだけ


さて
上記の説明から、

ってことは、お酒は「張りぼて」に影響を与えてるってこと?

となります。

まさに!

です。
お酒を飲むと気持ちがオープンになるので「本性が出た」と言っちゃいますよね。これを聞くと、お酒によって何か重要なものが暴かれるように聞こえます。

でも、性善説2.0の観点から見るとそれは違います。
なぜならな、あらわになっているのは張りぼてだから。

この理屈でいくと「お酒は本性を暴ける」みたいに、特別な力を匂わせる書きぶりが、滑稽に映ります。
化石だと思ってキズをつけないように高級な機械を使って採掘してみたら、ただの石ころだったって感じです。

お酒が性格や個性を引き出しやすいことは否定しませんが、それらは「本性」ではなく、ただの張りぼてをあらわにしているだけだよ。

ってことなんです。

「お酒が本性を暴く」が引き起こす弊害


なぜ、そこまで「張りぼて」を強調するのか。それは、、、

その人の全てを理解したわけではない

ということを知ってほしいからです。人間はなぜかお酒の力で

「本性発見!」

と喜び、その人の全てを知った気になります。行き過ぎると、イメージがどんどん強化され、「Aさんは〇〇な人だ」とレッテル張りをします。Aさんをフィルター越しでしか見られなくなり、一度こびりついたイメージをなかなかうまく取り除くことができません。

結果
作り上げたイメージと違うことをされると、変わってしまったと混乱し、相手を変えようとします(初めのイメージに戻して安心したい)、イメージのすり合わせが目的になり、距離をとって相手と接します。踏み込んだ深い関係になれず、豊かな人間関係を築くことができません。

日常生活において私たちは、少量の情報からあたかもすべてを理解したように拡大解釈したり、イメージの「こびりつき」を拭えなかったりします。

私は今、誤解を招きやすい例として「お酒」を持ち出しましたが、鼻高々にすべてを理解した気になることはよくあることです。

性善説2.0という武器で人間を理解する


性善説2.0の理解ができれば

環境の鎧がどんどん上書きされている

と捉えることができます。それは多様な価値観を受け入れる眼を持つことであり、一方で

対峙しているのは張りぼてに過ぎない(本質ではない)

という冷静な眼も持たせてくれます。
この両者の眼、特に後者の眼は「環境の鎧がその人自身」と私たちが陥りやすい落とし穴に落ちるのを防いでくれます。

つまり
張りぼてを真実の拠り所にしてしまう危険を防いでくれるのです。

じゃぁ拠り所にすべきところはどこか?という疑問は出てきますが、
それはこの環境の鎧(張りぼて)をかいくぐった先の、揺るがない人間の本質(内側)、この一点に限ります。人間の本質を心の拠り所にすることで人間関係を豊かにしていくのです。

最後に


私が拠り所としている、この人間の本質について、現時点ではその正体は「善」であると仮定しています。これは35万人以上の行商経験から、環境の鎧をかいくぐって見えてきた一つの結論です。

しかし
この結論は過程に過ぎず、今後アップグレードされていくと思います。

なぜなら私の研究は続くからです。

さて最後に
私の研究においては多方面からのアプローチはとても重要だと思っています。一つの方向からだと視野が狭くなるからです。

私は哲学を実践する立場でアプローチしていきますが、人間の本質については、心理学、人類学、生物学、行動経済学など、様々な分野から探究できると思っています。面白いアイデア、提案などはもちろん、ちょっとした気づきや学びは私にとって、この上ない喜ぶであり重要な研究材料です

もし周りに人間の本質について探究している方がいましたら教えてください!

それではまた~











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?