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その者、緑の衣をまといて金色の野に降り立つべし。

『僕はきっとこの温度を忘れることはないだろう。』

中学生編 -3 (Another Story)


時を少し戻そう。

その日は朝から憂鬱だった。
形ばかり在籍している陸上部で、初めて大きな地区の競技大会に出場することになっていたのだ。もちろん誰もやる気が無いうえに、吹き溜まりのような寄せ集め部員にとって、学校を出ての初遠征なんて抗えない遠足みたいなものであった。

そもそも、顧問の担任(20代初赴任のマラソンしか興味がない社会科担当、初授業で「基本的人権」を「人↑権↓」というアクセントで言ったが為に即あだ名が「ジンケン」になる)が、その大会に出場する上で、選抜種目を「お前ら好きなの選んどけ〜」と軽く言うので、大会ってそんなものなのかと、何の疑問も持たず "うまい棒" の詰め合わせセットから「俺めんたい〜」「んーじゃ食べたことないし俺はなっとう味かな〜」くらいのノリで、各自適当に選んでいたのだ。
それは数時間後に大きな間違いだったことが判明する。(当たり前である)

無気力なカピバラの群れのような一行は、眠い目をこすりながら電車とバスを乗り継ぎ、会場である横浜の大学の競技場に足を踏み入れた瞬間、一気に目を覚ます。

「広っ!」「トラックでかっ!」「観客席あるし!」「腹へった〜」

そう、公認陸上競技場のトラックは1周800m、綺麗なゴム舗装のグラウンド、立派な観客席、そんなものを見るのも足を踏み入れるのも全てが初めてだった。僕らが知っているのは山のてっぺんを無理くり平らにした、すぐ口の中が砂埃まみれになる400mトラックくらいで、何なら走るレーンを石灰で引くやつだ。

チームは完全にお上りさん状態になってバカみたいに浮かれていたが、ふと僕は我に返った。
待てよ…コレってもしやすごいとこ来ちゃった…?
もちろん、その予想は大方においては間違っていなかった。

しばらくすると、他校の連中がこぞってアップをし始めた。っていうかアップ?って何。そもそも人数感がまるで違う。僕らは三学年合わせても10人にも満たないのに、周りは一クラス分はいるんじゃないかってくらいの集団だ。見るからに先輩後輩が明確で、覇気のあるかけ声がグラウンド中に響き渡っている。なんかアスリート感出てるよ? こちらといったら後輩にお尻を叩かれた先輩が遅い足で追っかけたりしてるけど何だこの違い。雲行きあやし過ぎるぜ…。

いよいよ開会式が行われ、それぞれの競技がスタンバイされていく中、他校の生徒はジャージを脱ぎ、ゼッケンの付いたユニフォームを露わにしていく。イカしてるな〜。ん、ユニフォーム? 

「君たち、スパイクにはいつ履き替えるの?」待機場所に誘導され、係員に尋ねられる。え、スパイク? 

僕らみんな学校指定緑ジャージに同じく指定の白いスニーカーなんですけど。

なんてことだ、大会では着るものも履くものも体育の授業と違うのか…。(もちろん部活の時も同じである)ジンケン、そんなこと言ってなかったじゃんかよ…。

一抹の不安を覚えながら、大会は淡々と進行していき、僕の出番がやってきた。
あれ…そういえば選んでた種目って…

「ハイ、次の選手はこちらへ。」
「はい〜」
「では、これを。」



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砲丸である。

だってさ。やったことなかったし玉投げるの楽しそうだし走らなくていいし…。

って重っ!

もちろん触るのどころか見るのも初めてである。しかしそんなのはおくびにも出さぬ涼しい顔で位置につく。

「では。」

ええい、ままよ! !

「無効!」

バサッと赤旗が振られる。
野球のボールの投げ方じゃダメなのか…。
よし、これならどうだ、うおりゃっ!

「無効!」

ソフトボールの下投げでもダメだったか〜

「ちょっとちょっと君! 何をやってるんだね?!」

見かねて、ブレザーをシックに着こなした初老の審判員が慌てふためき僕の方に駆け寄ってきた。

「いやぁ…どうやって投げたらいいのかな〜 なんて、あははは」

「何だね君はまさかルールも判らんというのかね…?!」

「実はそうなんですよ、砲丸なんて持つのも初めてで〜」

「まったく何ということだ…、砲丸というのはこうやって持って、こういう角度で、ほら、、違う、そうじゃない…!」

めでたく失格である。

僕も僕だが、ジンケンのやつは顧問としてどういう神経してるんだ…あとで問い詰めてやる…ってそもそも見てもないし!

その時である。

向こうのハードル跳びのエリアからひと際大きな歓声が上がった。ちょうどスタートしたばかりのようだ。状況を把握しようと順位を確認した僕は目を疑った。
え…?! 
先頭には、他校の選手に大差を付け、カラフルな装いの中で唯一、緑色のジャージと白いスニーカーをまとったやつがぶっちぎりでトップを走っていた。

ーつづくー


<次回予告>

走りに目覚めたマタヒコは、ギターとスパイクとの交換を決意する。
『その者、緑の衣をまといて金色の野に降り立つ べし。』
その者とは一体…?

次回、『鳴らない、ギター。』
この次も、サービスサービスゥ!


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