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小説・友だちになりたかったあの子は #12

第一話はこちら↓

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胸のざわつきが収まらず、5分休憩や昼休みに駐輪場へミイがいないか見に行った。ミイの窪みは、やはり窪みのままだった。

なんとなく自発的に消えたのではないような気がして、居ても立ってもいられなかった。

秋山は。秋山や冬山さんはこの違和感に気付いているのだろうか。一刻も早く二人と話したいのに、時計の針が進むのが異常に遅く感じられた。


もしミイが本当に戻ってこなかったらどうしよう。あの窪みがただの茂みになるまで、どんな気持ちで過ごせばいいんだろう。ミイがいなくなったら、二人との会話もなくなるのだろうか。やっと楽しみが見つかったのに。やっと、また会いたい人たちに出会ったのに。


チャイムが鳴る前にテキストや筆記用具を鞄に詰めた。

「キーンコーンカーンコーン」

やや電子音みを帯びたチャイムの音が耳に届いた瞬間、あまり音を立てないよう立ち上がり駐輪場へ向かった。何もなかったかのようにミイがそこにいることを願って。

小走りで駐輪場に着くと、秋山が立っていた。

「いないよね」

声をかけても秋山は振り返らず、向こうを向いたまま小さい声でつぶやいた。

「やっぱいねぇよな」
「ね。朝からいないんだよ。」
「うん」

多分秋山も朝からずっと違和感を抱えてたんだろう。ミイが一時的にいないわけではないと感じていることがその様子から窺えた。秋山は3人の中でも飛び抜けてミイを可愛がっていた。それこそ、自分の子どものように。

そのとき、背中に嫌な視線を感じた。

「そこにおった猫は保健所連れて行ったぞ」

焼けた喉から出されるようなしわがれた声の方を振り向くと、警備員のおじさんがいた。だいたいは守衛室に座っていて、たまに物置の裏で隠れて煙草を吸っている。そんな印象しかない人だ。初めて聞いた声と、放たれた言葉で怒りが込み上げた。

「なんで」

私が声を出すよりも前に、秋山が膨らんだ怒りをおじさんに叩きつけていた。

「なんでって、こんなとこおったって生きていけんやろ」
「俺が面倒見てた」
「お前はいつまで面倒見れるんや」
「それは・・」

秋山は悔しそうだった。口元が少し見えたが、歯を食いしばっているのがよくわかった。私も悔しかった。おじさんの言っていることは、間違ってはいない。でも、あまりにも突然で、私たちにとっては残酷だった。

「中途半端に面倒見てどうするんや。卒業したらバイバイか」

二人とも、何も言い返せなかった。うちの家はペットを飼える空気ではない。秋山のうちも、きっと似たような状況なのだろう。

「どうしました?」

後ろから冬山さんの声が聞こえた。冬山さんは異様な雰囲気を感じとっていたのか、こちらを恐る恐る窺っていた。ミイがいなくなったこと、気付いてないんだ。

「ほら、猫はおらんのやから帰れ帰れ」
おじさんは守衛室に向かって歩き出した。

ピリついた空気や状況を察知した冬山さんは黙ったまま、不安そうな表情で私と秋山の顔を見比べていた。秋山は、歯を食いしばったまま何も言わない。動かない。私も何も話したくない気分だったが、秋山がこの具合なら私が伝えるしかなさそうだ。

「さっきの、警備員のおじさんがミイを保健所に連れて行ったって」
「え!?」
「誰も最後まで面倒見れないだろって。それはそうなんだけど」

空気に重さがあるのかはわからないが、蒸し暑くひたすらに重い空気が3人にのしかかった。何も言葉が出てこない。

「俺保健所行ってくる」

秋山はそう言って、手際よく自分の自転車を抜き取り荒々しくまたがると、こちらを振り返ることもなく走り去った。風、というほどでもない空気の揺れが私と冬山さんを撫でた。

「保健所に行ってどうすんだろ。てか保健所の場所わかるのかな」
「どうしましょう。追いかけますか?」
「ピアノは大丈夫?」
「そうですね・・」
「大丈夫じゃなさそうだね。私も自分に何ができるかわかんない」

冬山さんとフランクに話せるようになって、彼女の微妙な表情の変化が意味することだってわかるようになった。そんな簡単に保健所とやらに向かうことはできない。

心を落ち着けて、一旦うちに帰ることにした。


次のお話はこちら↓


この話はフィクションで、実在する人物や団体には一切関係ありません。



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