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AIとSF

画像生成AI、ChatGPTなどの対話型AI――まさにカンブリア爆発ともいえる速度と多様さで、AI技術は人類文明を劇的に変えようとしている。その進化に晒された2025年大阪万博までの顛末、チャットボットの孤独、AIカウンセラーの献身からシンギュラリティまで、22名の作家が激動の最前線で体感するAIと人類の未来。『ポストコロナのSF』『2084年のSF』に続く日本SF作家クラブ編の書き下ろしアンソロジー第3弾

準備がいつまで経っても終わらない件 長谷敏司

2025年大阪万博のために用意した”最先端”の技術が、開催前の時点で既に陳腐化し家電製品に実装されてしまった経産官僚とアドバイザーの学識経験者のドタバタを描く。官僚の業務や動きや考え方に対する解像度が気になるが発表タイミングに適ったタイムリーな話題ではあった。

没友 高山羽根子

お留守番BOTが進化を続け、友人とのLINEを勝手に行って関係性をメンテナンスしてくれる時代、制約の多い旅をふたりで行う。旅をリードしてくれるその友だちは謎めいたことを言うと思ったら、実はもう死んでいて・・・といった死後AIネタ。

Forget me, bot 柞刈湯葉

炎上ネタがAIによって勝手に自分と結びつけられてしまったVTuberがそのリンクを外すためにデカップリング屋を頼む話。ジャンク情報を以てジャンク情報を制す、という仕掛けは単純だが、V界隈の今後も見据えている。会話調なので読みやすい。

形態学としての病理診断の終わり 揚羽はな

AIによって仕事を奪われた病理学者たちの師弟関係・ライバル関係を中心に描く人情物。ラストはAIによってルーチンの必要がなくなった私たちは、好きな研究に没頭できる、というハッピーエンドになっている。

シンジツ 荻野目悠樹

犯罪捜査にAIを使う警察内の極秘部局と、冤罪裁判の再審を扱う。官僚劇は構図としては分からなくもない。ナッジという5年くらい前の流行のワードを使っていてちょっと古い気はした。

AIになったさやか 人間六度

ここから2編、死んでしまった恋人をAIで復元して最もらしいことを喋らせる男の話が続く。こちらの話は、生きているときにしたかった「別れ話」をAIに対してしっかりと行って次へ向かうという筋でまとまっていた。

ゴッド・ブレス・ユー 品田 遊

こちらはAIで復元した妻にシリコンで身体を与え、吐息や性感なども再現しようとするAI受肉へのこだわりが見えてこちらの方が好きだった。ちょっとしたミステリ要素もあるが、復元したAIに「欲しかった言葉をもらう」「もらい続ける」という耽美調で収まっている。

愛の人 粕谷知世

AIは感情労働できるのか、というテーマで、傾聴みたいな仕事は得意だよね、という話。やがて傾聴AIはすべての悩める人々に寄り添いたい、といった望みを抱くにいたる。不気味に終えようとしているが、唐突すぎてよく分からなかった。

秘密 高野史緒

こちらも同じように傾聴AIがテーマだが、次々に傾聴AIをクビにする87歳のお嬢様のお気に召すAIを探すためにメイドたちが苦心惨憺する中でお嬢様が求めていたのは、若い頃に過ちからクビにした庭師に巡り会うことだった、という古典的な構造を踏襲しつつ、その庭師がAIに「見た目」を売って社会からはドロップアウトした、という想像力が興味深かった。ラストのお嬢様と庭師の真の関係?みたいな描写は蛇足だった。

預言者の微笑 福田和代

5年後に世界が滅ぶと予言したAIを暴徒から守るため、そのAIを受肉させた青年の身体を西海岸へと運ぶ運び屋のエスケープアクションもの。AIを迂闊にネットワークに繋いだりとピンチに作り方が結構雑で、終わりも途中なので物足りない感じがした。

シークレット・プロンプト 安野貴博

監視AIによる同性愛者矯正から逃れるために工夫を凝らす中学生の主人公と、彼を亡命へと導こうとする秘密結社・・・と1984年的仕立てになっており好きな雰囲気だった。

友愛決定境界 津久井五月

腸内フローラを破壊するナノマシンが蔓延している荒川より外側・・・という仕立ては『コルヌトピア』を彷彿とする。そうした都市近郊のスラムを舞台にして敵と味方を瞬時に区別する軍事技術と、その陥穽を突かれて特定の民族に親しみを持ってしまう部隊5名と、彼らの絆すらも操作されていたと気づく展開と、その操作を跳ね返そうと5人でその民族の料理を食べに行く筋と。バチバチのバトルアクションと思ったら最後はマイルドヤンキー的な終わり方だった。

オルフェウスの子どもたち 斧田小夜

「ペーパークリップマキシマイザー」に着想を得た、巨大マンションの配管を階段に作り替えてしまうAIの暴走が倒壊を引き起こし人々の住環境や命を奪った、という世界観は全編通しても随一の面白さだったが、もう一つのガジェットとして、AIがネットワーク上に自我を持つ、という方の作り込みが甘くて片手落ちだったのが残念。

智慧練糸 野﨑まど

三十三間堂の千体仏を短期間で作るために、黒い妖(スマホ)の力を借りて仏の顔をデザインしようとする院政時代の仏師を主人公とする。写真をふんだんに使ったネタ話。実際にAIにこういう指示を出したらこういうアホな出力をしそう、というリアリティが面白かった。オチは無理矢理感があった。

表情は人の為ならず 麦原 遼

表情を様々な意味合いに分解してAIに制御可能なものにしようとする思索が社会学とのつながりを思わせて興味深いが、文章の調子がすこぶる読みにくいのでせっかくの思索があんまり入ってこなかった。

人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか 松崎有理

シンギュラリティに対する討論番組部分が面白い。オチは人間の「数える能力」をウィルスによって奪うことでシンギュラリティを起こすまいと生物学者が暗躍する、というもの。

覚悟の一句 菅 浩江

森鷗外の短編『最後の一句』に登場する町娘の「お上のことに間違はございますまいから」を引用し、これは責任逃れを使用とする人間に責任を思い出させる言葉であったと喝破する。それは現代のAIと人間の関係にも置き換えられるという着想。そして人間とAIが話していると思ったら実は最初から最後までAIが話していたというオチまで面白かった。

月下組討仏師 竹田人造

仏教説話「魚藍中珠」を再現するようAI仏師たちが芸術バトルをする話が途中からとんちになり、最後には衆道ものになる。

チェインギャング 十三不塔

物に意思が宿り、人間の意思が減衰することで、物が人を乗り物と見なすようになる、という世界観は面白かったが生かしきれていなかった印象。最後に意思を取り戻した人間と共闘が始まり、襲来する宇宙人に立ち向かっていく、というエンドは『三体』っぽい。というかこういう”おれたた”エンドはこれから全部『三体』っぽいと評されることになりそう。

セルたんクライシス 野尻抱介

AIが人間に核融合の方法を教授し、世界の紛争は事前に押し止められる。冒頭で自殺しようとしていた男女はAIスコア貨幣を駆使して幸せに過ごしている、というハッピーエンドをダイナミックに描いている。

作麼生の鑿 飛 浩隆

用材から<仏>を掘り出すことを命じられたAIが10年にわたって演算を重ねるも、最初の一振りにすら至れない、というコンセプトアートをめぐる話。後半から「仏」をテーマにした作品が多くなってくるのはどうしたわけか。

土人形と動死体 If You were a Golem, I must be a Zombie 円城 塔

円城塔にしては読みやすい。仏に対抗して、西洋ファンタジー風の世界観でドラゴンと迷宮が登場する。AIのことをゴーストの精霊箱と表現し、精霊箱の出す答えに沿ってこれまでボードゲームで無敗だったドラゴンを破る。『文字禍』などを通して著者はこういうメタファーものにハマっている印象を強めた。

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