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Biotechイノベーションエコシステムのあるべき姿 後編ーニッポンノミライ

前編では米国、特にボストンとSFベイエリアの比較を元に、現在知られているイノベーションエコシステムのこれまでと現在地を見てきた。

https://note.com/ktomopkc/n/nc2bdae44970e

これらの事例を踏まえ、日本の目指すべきイノベーションエコシステムとはどんな形だろうか?既に筆者も加わった厚労省の「ヘルスケアスタートアップ等の振興・支援策検討プロジェクトチーム」でも議論し、ホワイトペーパーも出している状況だが、政府の資料だと「実現可能性」を考慮したうえで、「ヘルスケアに資する」と言う文脈に重点を置かれているので、より個別のスタートアップの支援体制の視線で記載されている。つまり「スタートアップが歩む道には、こんな支援策を用意していますよ!」という、マラソン大会の道路整備や給水所の配置のように走る人から見える風景で整理されている。これをドローンを飛ばしてもう少し上空から俯瞰し、バラ色の未来を考えてみることから始める。

ニッポンノミライハ?

 大学では潤沢な資金を元にした独創的な研究と、大規模プロジェクトへの大型研究予算が組まれ、大学は自由闊達な議論と若手研究者の育成の場として活気を持っている。根源的な生命現象の解明に従事する研究者がいる一方で、実用化については産業界での経験を持つVCや支援組織のメンバーが常に最新の研究動向をチェックし、論文投稿と同時に製品開発の戦略とそれに沿った特許戦略を立案する。場合によっては当初からVCと協調してVenture CreationをトップクラスのVCや製薬企業とともに行い、4-50名規模のスタッフによる開発プロジェクトを数ヶ月で組み上げる。
 大学や民間のインキュベーションラボは規模を問わず、これらのプロジェクトが迅速に開始できるように場所と実験インフラを提供しており、同時に製造技術を持つCMCや規制に関する相談や、CDMOによる治験薬製造まで当初から相談をし、事業計画に反映できる体制が整っている。VCや大企業は世界の研究開発の動向とともに、国内の他の投資や提携のデータベースを参考に事業の価値算定を行い、企業価値の設定しにくい初期段階でも転換社債を現実的な方法で提供することができるようになる。
 東証の上場基準云々以前に、非公開市場でもVCへのLP出資を始め、様々な機関投資家からの資金が流入するようになる。豊富なデータと投資実績によって、徐々に米国のVCも新たなファンドの方針として「日本発のスタートアップへの投資」を資金調達の際に謳うようになる。これらとの強調投資を通じて日本のVCも急激に国際化を遂げ、Biotech専門ファンドの規模はこれまでの5倍から10倍になり、個別のファンドの規模が1000億円規模に近づく。
 常に様々な分野の国際学会とライフサイエンス産業の展示会が日本国中で行われており、海外のスタートアップが日本の環境でのブレインストーミングや事業計画合宿を目的に来日するようになる。もちろんピッチも行うため、事業創出のタイミングでは海外の競合分析が肌感覚で可能となる。さらに特定の疾患や患者情報の取り扱いなど、事業化についてデリケートな課題も継続して日本国内での国際学会で議論されているので、海外の動向だけでなく国内にも各専門領域に詳しい専門家が育成される。
 スタートアップに参加することがBiotech Businessの上で貴重なキャリア経験となり、大企業での開発や大学院でのMBAやPharm Dなどの高度ビジネススキルを獲得した30-40代のメンバーがこのエコシステムの主要プレーヤーとなる。生活基盤に根ざしたキャリア形成と高度人材の需要が高まり、海外からも研究者や開発専門人材が日本に集まるようになる。

筆者の考えるBiotechイノベーションエコシステムの理想像「ニッポンノミライ」

上に書いたのは現状の延長線上を全く考えずに書いたBiotechイノベーションエコシステムの理想像だが、米国のトップ5のエコシステムではこのような状況までを実現している。これを主語を「シリコンバレー」に書き換えたらどう読めるだろうか?むしろ控えめな記載だと感じるだろう。経済規模や母体となるアカデミアの研究能力を考えると絵空事ではないはずなのに、肌感覚では現状では実現するための実感を持ちにくいと思われるのではないだろうか?

理想と現実のあいだ… からの、アクションプラン!

近くて遠い感じのする理想的なエコシステムだが、実はそれなりに準備は整いつつある。前編のNature Biotechnologyの記事の分析で述べた一般的に「Biotech クラスター」を形成するための打ち手は次のA-Cだ。
A)アカデミアの基礎研究への先行投資、
B)スタートアップ、大企業、基盤技術などの集積、
C)コラボレーションを促進する国際展示会や学会の開催、誘致

さらにここ数年の日本政府の努力により
D)VC投資の優遇策
のおかげで資金の課題も解決されつつある。
これらのヒントを元に、現状から上述した「ニッポンノミライ」への道筋について、5つの提案をしたい。

1.まずは基礎研究への投資を増やせ!ー研究成果=シーズではない!

 現状で国内外からも期待の大きな「日本の研究力」について改めて見直すことが必要だ。現時点でノーベル賞受賞者の輩出やスターサイエンティストの現存数はそれなりにある。ただし、評価の高い論文の数は明らかに減っており、博士号取得者数も減り続けている。筆者は有名科学者たちが「研究費を増やせ」と言っているのは多分に我田引水で、結局「大型プロジェクトを作って自分の研究費を増やせ」と言っているように思えてしまう。彼らは過去の自らの経験に照らし合わせての発言だとは思うが、冒頭に述べたNature Biotechnologyの記事でも、単純に相関関係として「研究費→30年以上の産業インパクト」が観察されるということを認識してほしい。そこには選択と集中とかバラマキとかの概念はともかく、「Biotechのイノベーションエコシステムを作る!」という決め事だけで配分される研究費に意味があるという事実が見えている。もちろんその使い方は重要だが、選択と集中をしたらその裾野も出てくるし、バラマキの中からも萌芽的な成果は必ず出てくる。大切なことは、研究から直接産業に使える成果は絶対出てこないことをみんなが承知することだ。筆者自身は、どんな研究でも事業計画を作ることはできるし、本当に意味のあることだと思う。しかし、どんなに立派な研究成果でも、事業化の体制が不十分では産業とはなり得ない。産業界から見ても実用化可能な技術を「目利き」なんて絶対できないし、これは事業化チームの数を増やしてとにかく試してみるしか無い。研究成果の「質と量」がその地域の特許出願数と相関があるという事実からも、とにかく母集団を大きく保つ必要がある。

いくら探しても、悩んでも、使える研究成果は直接出てこない。事業創出インフラが必要だ。

2.事業化チームを量産するため、主力世代を全力で支援せよ!ー主力は30-40代!

 研究成果がそのまま事業にならないのだから、そのネタを色んな角度から分析し、様々なシナリオを検討し、情熱を持って資金を集め、事業化のコンセプト証明(Proof of Concenpt)を行う事業化チームをできるだけ多く作る必要がある。そのためには大企業にいる人材も含めてスタートアップの事業計画を立案する支援体制の充実と、その人員への社会的保証の仕組みが必要だ。実際にはこれらの主役となる世代は30-40代であり、生活の上では子育てと住宅ローンを組むかどうか?というタイミングになる。保育園の入園基準、預かり時間、産休、育休への理解(主にVCの理解)、銀行のローンの審査基準(スタートアップだと住宅ローンは通らないか、利率が上がる)などの課題がある。ローンについては信用保証制度があればかなりの部分がカバーできるはずだが、実はVCの特に投資委員会のスタートアップへの理解の低さが、スタートアップ従業員への給料、社会保障の低さと、人材の流動性を阻害する要因となっている。
 さらに、この世代は専門教育を受ける上でも重要だ。大学院や国内外の留学でそのスキルとネットワークを確保する必要がある。50代以上のリスキリングとかいう前に、眼の前のピカピカの専門人材予備軍に対して奨学金を充実する必要がある。これは企業の内部留保などを利用して社会貢献として、大学と共同で自社の事業に関連する教育プログラムをスポンサーしてもらうなどの方法が考えら得る。文科省はなにかにつけて大学に新規プログラムの創設を押し付け、その後自立化という名のもとに責任を回避するが、当初から企業とのタイアップができるような助成金を組むことで、最初から自立することも可能となる可能性がある。
 日本の未来は30-40代のビジネスパーソンとしての戦闘力にかかっている。ぜひ、アントレプレナーだけでなくスタートアップの従業員にも光を当てて支援してほしい

30-40代は、子育て、キャリアアップなど大忙し!

3.地域をまたいだエコシステム形成を!ー複数拠点で弱点をカバー

 そしてその彼らが働く場所はどうだろうか?必然的に職住近接、子育てがしやすく住居費もそれほど高くないエリアでありかつ、家族の支援も得られやすい地域ということになると思う。筆者も子育ての上では特に奥さんの両親には大変お世話になった(これも男女差が出るのはどうかと思うが、ウチの場合は年齢の違いもあったので…)。家族との距離感も考えると、特定の地域だけというわけには行かないはずだ。東京一極集中ではなく、札幌、仙台、関東(複数)、関西、中四国、福岡、沖縄、といった分散した地域でありながら、エコシステムとしてつながった形式を取ることは、日本のこれからの産業競争力としては重要ではないだろうか?
 例えば、複数拠点を持つスタートアップには移動や家賃補助や敷金に代わる信用保証をする。エコシステム間を移動する際や、日本随一のエコシステムである東京への旅費を補助するなど、距離を金で埋める事はできるかもしれない。これはVCにも当てはまって、ファンド規模の小さい日本のVCの限られた運営費を埋めることで、彼らの活動も複数のエコシステムに影響を与えることができるかもしれない。

日本のエコシステムは単独では規模が小さすぎる。連携の方策をもっと議論するべき。

4.国際会議を開催して、情報の流通の一端を日本に!ー日本で異世界体験を提供!

 2024年夏現在、国内の観光地はインバウンド需要で沸き立っている。筆者のもとにも、「今度京都に行くから会いたい」というリクエストも頻繁に来る。日本はヨーロッパの各都市と同様、訪れてみたい場所としての魅力を持っている。ヨーロッパは伝統的に米国主導の産業の成長に常にカウンターの提案を準備して自国の利益を確保する傾向がある。ISOやGDPRの議論のように単純に技術の特性だけでなく、それが形成する産業が他の産業や、自分たちの生活に及ぼす影響までを想定して理論を構築し、常に新しい分野でのプレゼンスを示す。ここで議論したいのはEVの普及で起こったような、その方向性が正しいかどうかではない。新しい技術やイノベーションは常に他の産業や生活に影響を及ぼすものであり、それは外国で始まったイノベーションでも利用者として堂々とその使い方について議論するべきだ、という主張をしたい。
 日本は自国で生み出したものを過度に尊重し、逆に海外で生み出されたものについていつまでも借り物感を持ち続ける。しかし考えてみよう、Yahooの創業者達は京都旅行を通じてその事業アイデアを作り上げたし、スティーブジョブスも頻繁に京都で時間を過ごした。おそらく製品や開発に対するヒントを得ていたのだろう。それであれば、いっそのことその事業アイデアを構想する場をシステムとして提供することが考えられる。日本の各地域でBiotechの特定の領域に関するカンファレンスを毎年開催するのはどうだろうか?巨大な学会にする必要はないが、EBD BiotechやCHI (Cambridge Healthtech Institute)といった欧米のカンファレンス企画会社と組んで、特定の分野の学術講演にあわせてスタートアップのShowcaseとワークショップも開催する。「スタートアップを始めたら日本も訪れてみて、日本のCultureの中で事業計画を揉んでみよう」という文化を作り出すのだ。
 何もBiotechのエキスパートを揃えてアドバイスをする必要はない。余市の醸造所、青葉城、渋谷のスクランブル交差点、京都の寺社仏閣、道頓堀、原爆資料館、直島のアート、中洲のにぎわい、米軍基地、青い海。きっかけさえ提供すれば、彼らは勝手にそこからビジネスのエッセンスを拾っていく。肝心なのは彼らにとっての非日常を演出して提供することであり、板の間での瞑想や、畳の上での距離感が、彼らの議論に違う角度を提供することに繋がる。すぐその場では成功につながるアイデアは出ないかもしれない。ただ、世の中には欧米とも新興国とも違う文化圏が存在しており、異なるロジックでの製品開発や市場開拓の可能性を拡げることで、そのチームの力強さを提供するのだ。

5.日本が弱いディールのデータ分析基盤を実装!ー情報インフラが支える日本の投資とライセンス環境

 当然、日本側も伝統文化に頼り切ってはいけない。各展示会の情報を収集し、データ分析を行うことで、世界の製品開発のトレンドを掴むことができる。必ず欧米のデータ分析起業と連携し、日本が弱い情報収集と分析を常に両輪で走らせることにより、大企業は買収やライセンスインの際のDue Diligenceが可能となり、VCも投資先企業の価値をより正確に判定することができる。「欧米のデータベースを使えば良い」と言われるかもしれないが、それならば自社のデータをそれらのデータベースで検索してみて欲しい。日本語主体で動いている我々社会の情報は、英語主体の欧米のデータベースでは極めて謎な存在となっており、その価値は正確性を大きく欠いているのは明白だ。実際に海外投資家の投資対象は情報開示が義務付けられている東証の上場企業に限られるわけだし、それ以外の未公開株へのVCを始めとする海外の一流投資ファンドの日本進出を政府は期待している。それなら、投資ができる環境を整えるのは当然ではないか?エコシステムの一部として情報インフラは絶対必要だ。今後筆者もこの課題に取り組もうと考えている。

最後に

 筆者は京大名誉教授の高橋良輔先生グループによるメダカのパーキンソン病モデルでの研究に触発され(と言うと聞こえは良いが)、睡蓮とメダカを中心にビオトープを作っている。前編のタイトルの写真はそのビオトープで際た睡蓮だ。昨年は睡蓮が咲き誇ってくれたが、今年は欲張って肥料を入れすぎたためか、異常な高温のためか、花上がりが良くない(表題の写真はそのビオトープの睡蓮)。人間がコントロールしようとしても、打ち手が響くとは限らないし、自然から切り離されているとはいえ、気温や天候といった外部環境はビオトープのエコシステムに大きな影響を及ぼす。ただ、一番大切なことは常に目をかけ、世話をし続けること。いくらエコシステムが自然発生だからと言っても、そのパフォーマンスを定点観測し、維持し続ける努力を惜しんではいけない。

 上述の提案をまとめると次の様になる

  1. まずは基礎研究への投資を増やせ!ー研究成果=シーズではない!

  2. 事業化チームを量産するため、主力世代を全力で支援せよ!ー主力は30-40代!

  3. 地域をまたいだエコシステム形成を!ー複数拠点で弱点をカバー

  4. 国際会議を開催して、情報の流通の一端を日本に!ー日本で異世界体験を提供!

  5. 日本が弱いディールのデータ分析基盤を実装!ー情報インフラが支える日本の投資とライセンス環境

 ボストン、SFベイエリアと同じものは出来ない。しかし、市場規模以上の価値が日本市場にあることを見せなければ、日本への注目は今まで以上に下がっていく。折しも2024年7月30日に開催された創薬エコシステムサミットでは外資系企業を中心に、最も有効な打ち手は「適切な薬価の設定」だと強調していた。日本はこれまでユニクロからダイソーに至るまで、格安、薄利多売で国全体の価値を押し下げてきた。薬剤費の長期的なコスト構造は経済学者にはわからないし、実験的な価格設定をしなければその経済効果の実際は見えてこないはずだ。ここで書いた5つの提案は、1と2はバイオに限らずすでに動き始めているし、3についても既存の枠組みでの努力は始まっている(あまり上手く行っているという噂は聞かないが)。そして4,5については筆者が担うつもりで動いている。

 ここで書いた分析と提案はずっと温めてきたものだが、「エコシステム」を活性化させるために筆者が常に考えている打ち手の、現時点での姿でしかない。大切なことは常に目をかけ、世話をし続けること。筆者とともに、動き続ける希望を持った30-40代の方々からのご連絡をお待ちしてます!

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