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Venture Creation トピック #1

いわゆる「日本モデル」のほうが珍しい?SNSもフル活用しよう!

昨年からVenture Creationについて連投した(記事の下を参照)。その後、スタートアップはもちろん海外の関係者、国内のVCや大学、中央省庁の方々とも議論を進めている。その中で両極端な2つの方向からのご意見があった。「Company Creationはウチでもやってます。投資先のココとココとココはそうですね。」というVCさんの肯定派のお話。一方で「モデルナみたいな事例は日本では規模感が小さすぎて無理。無茶言わないで下さい。」という否定派。前者は確かに会社登記や社長の紹介などはたしかにやっているかもしれないけれども、技術開発計画までキャピタリスト側が手を入れているケースは極めて限られると想像する。少なくともModernaやBluerockのような数百億円規模の未公開市場での調達には至っていない。

そこで改めてスタートアップができる時の日米のケースを思い込みを含めて深堀りしたい。まず第1回ではNucleateという米国の学生団体が主催したVenture CretionのセミナーでVersant Venturesの元PartnerのJeremy Caldwellが語ったケースを見てみる。

Inception Model

Versant VenturesではVenture Creationという言葉は使っていないが、Versant Ventures Engine for Company CreationというサブタイトルをつけてInception Therapeuticsというサンディエゴの会社をラボとして使ってVenture Creationと似たコンセプトの活動をしている。彼らが東海岸のモデルと大きく異なるところは、システマチックに数多くの事業アイデアを創出してから、それを順次評価、選別して最終的に投資対象の会社を作るのではなく、事業のアイデア自身はScientistのネットワークで生まれたものを「評価する」という従来型のモデルは崩していないというところにある。ただ、その技術ソーシングの考え方が日本の多くの関係者が想定している「ソーシング」とは大きく異なる。

きっかけは科学者のアイデア

彼らもアカデミアとの関係性は非常に重視しており、個人的に著名なサイエンティストとは継続してコンタクトしていると考えられる。スタンフォード界隈でも、平日や土日のランチタイムには大学近辺のカフェで見知らぬビジネスパーソンと会食している研究者に遭遇することがある。そういった活動だけでなく、最近ではSNSすら活用しているらしい。今回視聴した動画ではLycia Therapeuticsというスタートアップを作った時のストーリーが語られている。まず、Carolyn Bertozziという研究者が開発したのは、特定のタンパク質を標的として、糖鎖標識を使って細胞内のリソソーム系で分解させるというツールだ。例えば細胞表面に蓄積している病原タンパク質を標的とすると、細胞自身の力を使って原因タンパク質取り除くことができるという画期的なツールだ。

SNSからの発掘!ピッチイベントで探すではもう遅い

ただ、これはツールでしかないし、Y-combinatorのDemo DayやBIOでCompany Presentationがあったわけでもない。Bertozziは最初、これを論文としてChemRxivというプレプリントプラットフォームで公開した。COVID-19で一気に広まったが、スピード重視のときにはこれほどありがたいものはない。通常であれば特許を固める作業と同時並行でTop Journalに投稿し、その段階でVC達と水面下で調整を始めるのだと思われるが、このケースではとある特殊事情からこの技術自体を世に広めるという戦略が必要だったのかもしれない。このプレプリントをYale大学でPROTAC(特定のタンパク質を分解させる機能を持つ低分子医薬品)で有名なCraig Crewsが見つけて、オンライ情報をTwitter(当時)で拡散した。これをVersantのメンバーの一人がたまたま目にし、「これはビジネスになる!」と思い、CaldwellにiPhoneで電話してきたというのだ!まさかの「プレプリント→SNS→VC」という流れに驚かざるを得ない。

Nucleate Venture Creation Spotlight: Jeremy Caldwell (Versant Ventures)より抜粋

2年で$155Mの調達と、最大$1.6Bの将来収入の可能性のある提携

その後、VersantはBertozziと組んでInception Therapeuticsのラボで実証実験を行い、Lycia Therapeuticsというスタートアップの設立に至る。この会社ではこの技術とその結果創出される分子をLYTACsと名付け、あらゆる治療ターゲットとなる可能性のある分子を標的としたツールを既に数百創出している。同時並行で治療薬としての検討も進めていると予想される。2020年にシリーズAで$50M、2021年にはシリーズBで$70Mの調達に加え、免疫と疼痛領域でイーライリリーと$35Mのアップフロント(+最大$1.6Bのマイルストン+ロイヤルティ収入)という大型契約を成し遂げている。

トレンドに乗った大規模な初期技術プラットフォームモデル?

ちなみにこのビジネスモデル自体も実はある程度のトレンドかもしれない。日本では「治療薬の候補を数百作って、大手企業と提携します!」と言うと、「ペプチドリームの二番煎じはそう簡単ではない」という話になりかねない。ただこの場合、ペプチドリームのようにパイプラインを10数本…という規模感ではない。数百本だ!さらにこのLYTACという分子は抗体と糖鎖を最新技術を駆使して合成するため、コストも相当かかっていると予想される。そもそもが100億円規模の資金調達がないと不可能なモデルだ。ちなみにLyciaのあるSouth San Francisco(Genentechの直ぐそば)から車で10分ほど北に行ったところにMammoth Bioscienceという会社がある。この会社は地球上のあらゆる生物のゲノム編集の可能性のある遺伝子群を片っ端から同定し、ツールとして特許申請をしまくっている。

(筆者が紹介して実現した、日本の特許庁が運営しているIP BaseでのMammoth Bioscience CBO(当時) Peter Nell氏インタビュー記事)

「大規模に新しい技術プラットフォームを抑えてしまい、業界標準のボトルネックを自社で独占してしまう」という戦略としては、LyciaとMammothの考え方は近い。Versantは過去にBayerと組んで大型のDealをやっているし、MammothはBayer関係者が設立している(上述のNell氏もBayer出身)。彼らが特定の分野でデファクトスタンダードを作り上げるという戦略について同様のイメージを持っている可能性もあるのではないか?2022年以降の不況によってLycia社からはシリーズCの資金調達の話題は聞こえてこないが、以下に書く話題性もあるのでLycia社は着実に事業を展開していると期待される。

さらに…(邪推です)

そしてこのストーリーの話題性はただの資金調達が上手く行っているスタートアップの話で終わらない!Carolyn Bertozziという名前、もしあなたがキャピタリストで、そこそこ技術についてはフォローできているという自負があるのであれば、この稿を読み始めた前半で「あーあー、あれね」となっているはずだ。2022年、Bertozzi先生は『クリックケミストリーと生体直交化学の発展に対して』に対してノーベル化学賞を授与されている!前半で触れた「とある事情」というのは、ひょっとしたらノーベル賞受賞には実用化されているかどうかは大きなファクターとなるので、それを加速するために有望な技術を囲い込み不十分なままリークしたのでは?と邪推している。

「投資対象を探す」ではなく「投資する会社を作る」インサイダーたち

ボストンではFlagship PionneringやMPM CapitalがHarvardやMGHの最先端の技術でVenture Creationをする一方、SF BayareaやSan DiegoではSNSまで目視して最先端の技術にアプローチしている。日本国内でもキャピタリストたちはありとあらゆる手段を講じて投資対象を探しているのは違いないと思われるが、なぜかそれを支援する行政や大学側は「スタートアップのリストを作る」「ピッチイベントでスタートアップのショーケースイベントをやる」といった、自分たちがなにか仕事をやった感のある仕事で満足している。筆者も過去10年ほどはそういったイベントを拡大することを主導してきた立場なのだが、今となっては全く違い方向性を持っている。外でペラペラ喋っている技術アイデアには情報としての価値は高くなく(みんな知ってるので)、そうでなくて自分しか知らない情報を元に、自分しかできないVenture Creationをする、という方針で動いている。そうしてココ2年ほど動いてきた結果、現在では米国からの問い合わせや、協業の相談が複数来るようになった。日本の各自治体や団体との形だけの提携とは別に、実のある事業を作ろうというのが合言葉になりつつある。

インサイダーに近づくには、彼らが知らない情報を持って、案件を作って、持って行くに限る。と最近感じている。



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