見出し画像

Venture Creation Model #1

これまでは「日本の科学技術への投資が云々」というと、ノーベル賞学者の先生方が、自分の分野にお金をよこせ、とでも言っているかのように聞こえ、議員さんたちからは「バイオに20年以上投資してるけど結果が見えないじゃないか」というコメントがあった(らしいと聞いています)。ところが今回のパンデミックで、日本はモデルナ、ファイザー、アストラゼネカのワクチンに依存し、しかも前者2つは「mRNAっていう技術らしいよ」ということで、「日本にはない、見たこともない技術で出来た未来のワクチン」のように捉えられていることが多い。しかし、ライフサイエンスをある程度わかっている人間であれば、たしかにすごい技術ではあるものの、その技術的なところは理解できる範囲の素晴らしい発明であり、この文脈で行くと「日本の技術も捨てたものではない」ということになる。ではなぜ今回日本からこのような製品が出てこなかったのか?

パンデミックになって2年半近く、mRNAワクチンについて情報が広まって1年半、その多くは「SARS-CoV2の特徴」「mRNAをワクチンに応用する技術」といった、物理的な現象の解説に終始しているように見える。ところが我々ライフサイエンスのスタートアップに関わる立場から見ると、これは「感染症に対する国民や政治家の理解度の違い」と「先端技術を価値に変える錬金術」という文脈で捉えている。今回は後者について深堀りしてみる。

モデルナを生み出したシステムの凄さ

ここ1年ほどで、モデルナという初めて聞く名前に日本のマスコミは色めき立ち、一部ではその基礎技術を開発した研究者であるカリコ氏と、後にファイザーがライセンスインしたBioNTech社のストーリーについての取材があった。実際にはこれらの背景の数多あるライフサイエンス技術に対する、新しい製品、サービスを創出する資本、人材、技術、そして全体として機能するシステムの凄さについては殆ど語られていない。今回本稿を書き起こすにあたって日本語の本やWebsiteを調べてみたが、この技術の背景にいたFlagship PioneeringについてはVCの指南本や医療のDXの書籍で2−3ページずつ触れているだけで、本質的に基礎技術をもとに企業価値数千億円の産業を創出するプラットフォームに言及しているものは殆どなかった。現在、日本政府もこの何らかの「システム」への投資の必要性には気づいており、スタートアップ界隈では「エコシステム」を作る!とか、「世界に伍する」とか言うキーワードが多く出てくる。ただ、多くのケースでは当事者のライフサイエンス業界関係者たちでさえも政府の資金だよりの施策の議論ばかりだ。

モデルナが何故出来たか?というところの本質はmRNA技術の凄さだけではない。問題は、あらゆる医療上の課題を解決する技術の「プール(貯留槽)」として早期のスタートアップを作って貯めておく仕組みが出来ているということだ。今回のパンデミックでごく一部が注目されている2020年だけでも、グローバル市場では$7B(約9千100億円)の資金がシリーズAのスタートアップ企業に注ぎ込まれている。米国のシリーズAの平均値が40億円程度であることを考えると数百単位で新たな技術への巨大な投資が行われているということになる。ちなみに下記のレポートではこれにIT企業などの"tech-bio"系の投資(ITなどのハイテク系の事業会社がバイオ産業への投資を行うこと)が加わっているらしい。

米国のシリーズAは多くの場合臨床試験のPhase IIa、つまり患者さんでの早期臨床試験である程度の効能効果が確認できる「概念検証/Proof of Concept (POC)」の検証ができるところまでを目指すことが多い。数百の技術に対する数十億円単位の初期開発が行われており、その中から次世代の新しい治療が生まれてきている。その一つがmRNAワクチンであり、モデルナだったのだ。この仕組がなければmRNAワクチンという発想も絵に描いた餅であり、実際にこの技術の基盤特許の発明者であるカリコは当初自ら創業したスタートアップの資金繰りに失敗している。

では、そのシリーズAの投資には誰かすごい「目利き」の天才がいて、自由に投資を行っているのだろうか?

2010年頃の新技術への期待とその崩壊

上述のBaybridge Bioのレポートでは2010年代後半はシリーズAはCompany Creationを行うVCが多くのリード投資を行ってきたと記載がある。1990年代から基礎技術からイノベーションが生み出されることへの期待と、それに伴う投機的な動きは実績を伴って拡大してきた。顕著な例としてよく語られるのが、先ごろ訴訟も行われていたエリザベス・ホームズが創業したTheranos社と、その投資陣営の顔ぶれだ。

多くはエリザベス・ホームズの提示する「多くの臨床検査の機会を手軽に提供する」という理念と提示された経済的なインパクトに投資を決定していたが、ヘルスケアを専門とする投資家たちはデータの不十分さやビジネスモデルに違和感を持ち投資をしなかった。しかし、明確に”No”と言える証拠があるというよりは、消極的に投資をしなかったという方が無難な見方だろう。上述のWSJの記事では、

老舗VCベンロックのブライアン・ロバーツ氏は、今回の評決がスタートアップ企業に与える「影響はゼロ」だと話す。「創業者は誰でも自分は全く違うと思うし、どの投資家も自分はもっと賢明なのでこのような問題には巻き込まれないと考える」

とあるが、実際には投資の際により確実性を求めるようになったことは否めないだろう。実際、この流れと同じくしてFlagship Pioneeringを始めとするVCがVenture Creation Modelを始めている。

Flagship PioneeringとVenture Creation

1999年、 Noubar Afeyan と Ed Kaniaは「新会社創出」を意味するNewcoGen という屋号でこの事業を開始した。CEOのAfeyanは1987年にPerSeptive Biosystemsを創業し、1998年にPerkin Elmer社に100億円で売却している。このPerSeptive Biosystems社はタンパク質の精製装置を製造販売するスタートアップだったが、当時日本でその分野で基礎研究を行っていた筆者の周囲では、職人技を持つ先輩たちに叩き込まれていた技術を、高額であっても簡単なトレーニングで使うことができる機械で実現するコンセプトの出現に驚いたことを記憶している。その後、ドットコムバブル崩壊、同時多発テロ事件、リーマンショックを経ることとなるが、2010年、彼らはLS18というコードネームでmRNAを使ってiPS細胞を作成するプロジェクトを開始した。

特定のプロジェクト名ではなく数字で表現されているように、彼らは他の技術と並列で投資前の技術的なデュー・デリジェンスを行い、実験による検証評価を行った。ちなみに2008年からマサチューセッツ州は大々的にインキュベーションラボへの補助金の提供を始めており、53ものラボが立ち上がっていた時期だ。今ではインキュベーションラボとして有名なLabCentralの前身であるCambridge Biolabsも、この時期にスタートアップ向けのレンタルラボ業を始めている。LabCentral CEOのJohannes Fruehauf氏によると「VCから論文の再現性を確認する実験の依頼が多くあった」とのことなので、2000年代後半には実際に実験をするなど、技術的な検証が一般化しつつあったことが伺える。

アカデミアとVCの近い距離

2013年、Flagship Pioneeringは後にノーベル賞受賞者を出すゲノム編集企業、Editas Medicineの創出にも関わっている。 日本では技術的側面に注目が集まりScientific FounderのFeng ZhangやJennifer Doudnaの先見の明ばかりが強調されるが、Editasの創成期に協調投資をしたFlagship Pioneering、PolarisとThird Rockは3社ともVenture Creation Modelを取り入れている。Polarisのホームページには

Polaris Innovation Fund fosters company creation and growth through an active investment model.

とあり、サイエンスだけでなくビジネス面でも一流かつ複数のVCの支援が得られる環境がある。ちなみにEditasのシリーズAに出資したもう一社のParners Innovation Fund(現MGB Innovation)はマサチューセッツ総合病院などの病院機構のもつアカデミア色の強いファンドであり、ビジネス面のみならず臨床医学の観点からも評価を得ていたと思われ、アカデミアの別の面での貢献が投資を通じて行われている。スピード感にも注目だ。2012年に初めてゲノム編集の論文が出て直ぐに20件以上の特許取得が行われており、Flagship Pioneeringを始めとするこれらのVC達はFeng Zhangが所属するBroad Instituteとも近いだけでなく、相当初期からゲノム編集技術の産業利用の可能性について深く且つ広く議論が行われていたことが伺える。論文発表後1年経たない時期のシリーズAの資金調達では合計$43Mの資金が集まっていることも考えると、アカデミアが基盤技術にもかかわらず、わずか1−2年の間に数十件の特許出願を行っていることも理解できる。

Mitigating the Risk

Flagship Pioneeringによると、これまで100以上のプロジェクトを立ち上げ、創出した会社の時価総額は4兆円に迫る。

実際にメディアのインタビューなどでも会社として立ち上げた100社程度のうち30社がIPOもしくは買収されていると語っていることから、他のVCに比べて圧倒的に成功確率が高いことがわかる。日本で叫ばれているミドル、レイターステージが充実しているとはいえ、彼らが注目しているのは”Company Creation"の段階であり、最初に失敗する、もしくは見極めを誤ると、追加投資ができなかったりTheranosのように間違った方向への投資を呼び込むこととなってしまう。今回本稿を書く上で参考にした資料、インタビューで頻出したのは"Mitigating the Risk"「リスクの軽減」だ。米国ボストン、シリコンバレーではFlagship PioneeringのようにRiskを事前に「確証実験(いわゆる追試)」することで正確に把握し、いくつかの基盤技術の中から投資対象を選ぶことで、より成長する事業を創出することに成功している。そしてその成果は今、新型コロナウイルスワクチンを摂取した日本人たちを救っている。

今回は導入としてモデルナとFlagship Pioneering の存在にフォーカスしたが、次の投稿ではFlagship Pioneeringの実際の作業フローをホームページ情報を参考に紹介し、他のVenture Creation Modelおよびその類似モデルについても触れてみる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?