輪廻の風 (2)


「逃げるな!みんな!」
「何言ってんだよパウロさん!あんたも逃げろ!」

土の香りがする広大な麦畑やオリーブ畑の周辺を歩いていると、遠くで2人の男性が声を荒げているのが聞こえた。

何事かと思い、声のする方に目をやると、40人弱の農民たちが悲鳴をあげながら一目散に畑から逃げるように走っていた。

彼らが走ってきた方向に目をやると、パニックになっている原因が分かった。巨大なクマが畑を荒らしていたのだ。エンディはクマに向かって走った。

パウロおじさんはここら一帯の大地主だ。
齢70は超えているであろうパウロおじさんは、白髪の頭髪で、長く白い髭を生やし、背丈は小さく腰は曲がっていた。
小さな鎌を両手で力いっぱい握りしめ、老いた体で勇敢に、体長5メートルはあるであろう巨大な熊に立ち向かおうとしていた。

「危ないよおじさん、逃げろよ!」
「黙れ小僧!みんなで一生懸命育てた麦や野菜たちを、こんなケダモノに奪われてたまるか!」

パウロは熊を見上げ、睨みつけながらエンディに怒鳴り散らした。

熊がパウロに襲いかかろうとした次の瞬間、エンディは飛んだ。
瞬時に熊と間合いをつめ、アゴに強烈な膝蹴りをおみまいした。
熊は倒れ、失神していた。
それを見たパウロおじさんも、遠くから様子を見ていた野次馬たちも、目を丸くして驚愕していた。

エンディは記憶を失い、自分が何者か分からず、ただただ町を放浪していたこの4年間で、何一つ記憶を取り戻す手がかりを見つけることができなかったが、自身の身体能力の異常な高さには気づいていた。

以前にも、何度か似たようなことがあって人助けをしたことがある。

ある時は遠洋漁業をしている漁師が、巨大なサメが魚たちを食い荒らしているせいで商売ができないと嘆いている様子を見ると、一目散に海に潜った。サメを探すために、10分以上も海中に潜り続けていたのだ。

そして自分の20倍近くはあるであろう巨大で凶暴なサメを見つけると、それを絞め殺し、沖合いまで運んでみせた。

そしてある時は、4年前に終結した大陸戦争の敗戦国の残党が7人、徒党を組み武装して町を襲撃しているのを見かけると、たった1人で、それも素手でその7人を一蹴し、保安隊につきだした。 

そして今回、体長5メートルは超えているであろう熊の顔面に瞬時に詰め寄る驚異的な瞬発力と、それを一撃で沈めるほどの凄まじい脚力。

根が臆病で気が小さいのに、そういった局面に直面すると、臆することなく果敢に立ち向かっていた。

あまりにも人間離れした強さに、自分でも驚いていた。もしかして自分は、凄いやつなのかもしれない、特別な存在なんじゃないかと、何度も思った。

しかしエンディは真っ直ぐな心優しき少年なので、驕り高ぶり、自らの力を周りに誇示するようなことは一切なく、謙虚に生きてきた。



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