輪廻の風 (3)


そんなことをぼんやりと考えていたら、気がつくとパウロの家に招かれていた。

大地主というだけあって、立派な屋敷だった。

牧場の様な広い庭で、農家の人々が家族を連れて50人ほど集まった。小さな子供も数人いた。エンディもその輪に入れてもらい、みんなでバーベキューをした。

「さあ、どんどん食え!小僧、お前は町を、何よりこのわしの命を救った英雄だ、今日はみんなで盛大にもてなしてやるわ!」

「おおーー、うまそう!これ全部食べていいの!?」

「もちろんだ、遠慮なくじゃんじゃん食え!」

エンディの目の前には、焼きたての香ばしいパンに新鮮な生野菜、肉料理が大量に置かれていた。メインディッシュは熊鍋だった。
それをみんなでワイワイ騒ぎながら食べた。

「そういえば名前を聞いてなかったな」

「エンディだよ」

肉料理を口いっぱいに頬張りながら、簡潔に自己紹介をした。

「そうかエンディ、見かけない顔だが、流れ者か?どこからきたんだ?」

「・・・あっちの方」

適当に南の方角を指差し、答えた。

「そうかそうか、若いもんがこんなど田舎に来てもつまらんだろ、ディルゼンにでも行って遊んでこいよ。王都は色んなものがあって楽しいぞ、ワシも若い頃はよく行ったもんだ。」

「そうなんだ、気が向いたら行ってみるよ。ありがとう。」

食べ物の味が、何も感じられなかった。

こんなに大勢の人に囲まれて食事をするのも初めてだったし、この町はパンも野菜も肉も水も、全て新鮮で美味しいはずなのに、味がしなかった。

それはあまりにも気まずかったからだ。

パウロはエンディを快く歓迎していたが、他の人たちはそうではなかった。

エンディは小柄で細身、若干癖毛の黒髪できらりと輝く黒目で、ダボダボのズボンにヨレヨレのTシャツを身につけている、どこにでもいる普通の少年だった。

そんなごく普通の、得体の知れないよそものの少年が、突然現れて巨大熊を一撃で撃退したのだから、警戒されるのは無理もない。

もちろん、町の人々や農作物を守ったことは感謝されていたし、薄気味悪がられていたわけでもないが、少し警戒されていてあまり歓迎されていないことを敏感に感じ取ると、その気まずさに耐えきれず、この場を離れる決意をした。

「あ、ごめん、用事があるからそろそろ帰るね。みんな今日はありがとう、すげえ美味かったし楽しかったよ。また遊びにくるね!」

「なんだ、もう帰るのか。用事があるなら仕方ないな、またいつでも遊びにこいよ」

「ありがとうエンディ君」「気をつけてな」

大勢の人たちに見送られ、町を出た。

1人になると途端にホッとしたが、それ以上に寂しさも込み上げてきた。

広大な麦畑を離れ、今度は潮の香りがする海沿いを歩く。


「今日も独りか」

沈みゆく夕陽を眺めながら、呟いた。

「まあいつものことだし、別に寂しくなんかないけどな、ははは・・・」

力なく笑った。そんな強がりを言ってみせたが、エンディは寂しかった。

たまに日雇いで仕事をして、日払いで給料をもらい、その日暮らしの生活。

帰る場所がないため、たまに安い宿に泊まるが、ほとんど野宿。

自分が何者か分からず、頼れる人も、行くあても目的もなく、ただひとりぼっちで放浪する日々が4年間も続いているのだ。

「おれ、何のために生きてるんだろうな」

前向きに生きようと頑張ってみたが、もう限界だった。今の生活が激変するような出来事が起こらないかと、願うばかりだった。

「ちょっと早いけど、今日は疲れたしもう寝るか。明日は何しよっかな」

雲行きが怪しくなってきたなと思い、海を眺めていると、沖合に一隻の小船が見えた。

帆もなく、ボロボロの小さな木造船だ。
よく見ると、船上に人がうつ伏せになって倒れている。

「大変だ、遭難者か?」エンディは走った。


「また会える?」


無我夢中で走っていると、確かにそんな声が聞こえた。

空耳だろうか。

しかし今は遭難者を救助することで頭がいっぱいだったので、特に気にしていなかった。

船に飛び乗り、遭難者の体を仰向けに起こした。髪の長い、自分とそう歳の変わらない見た目の少女だった。

「おい、しっかりしろ!大丈夫か?」

エンディが叫ぶと、少女はゆっくりと目を開けた。

ドクン、と自分の心臓の音が聞こえた。

エンディの両目からは、大粒の涙が滝のように溢れ出てきた。

ようやく邂逅の時が訪れたようだ。



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