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虎斑の後悔と信州の夏空

信州の夏は清々しい。

私が生まれ育った場所は平地で海が近くて山が遠くて湿度がベタベタと高くて、夏がとにかく苦痛だった。清涼感を求めて信州に来たといっても過言ではない。
かつてエアコンなしでも快適だった風は、ここ数年で一気に猛暑と熱帯夜に替わって襲ってくるようになり、今ではエアコンに頼る夏の日々。
それでも、信州の空気と水はやっぱり爽やかで、山の緑と空の青と白い雲を眺めながら、季節の中で一番苦手な夏もそれなりに好きだと思えている。

同じく県外出身者で信州暮らしをするふみぐら社さんの書かれるnoteから信州の景色や暮らしが垣間見えるとき、特別な共通項であるような親近感を持って繰り返し読むことが多かった。タイトル画像が野菜や風景の写真なら「信州の話だ」と速攻で飛んでいって読んだ。
同じようにふみぐら社さんも、私のことを信州暮らし同士として認識してもらっていたようだし、車や軽トラの話でも反応をくれた。
もちろん編集者としてのふみぐら社さんも大変魅力的で、一方、私の方はパッとしない書き手なので、その程度といえばその程度の間柄だった。

そんなふみぐら社さんの病状について知ったときは、やはり衝撃を受けた。
たくさんの親しい人たちからきっと多くの声が寄せられているだろうと思いつつ、何もせずにはいられなくてメッセージを送った。
そして「同じ信州の空から届いた言葉受け取りました」との返信。窓の外を見ると、ふみぐら社さんがメッセージの中で書かれたとおりの夏雲が浮かんでいた。

このやり取りがあってからは景色を見るたび、ふみぐら社さんも別の角度から同じ空、同じ雲を見ているかもしれないという想像が常に浮かぶようになった。

猫野サラさんが中心となって企画された、ふみぐら社さんの寄せ文庫『ふみぐら小品』にも参加した。迷わず選んだのは、特に好きなサラダのnote。

冊子作成に長けたサラさんはじめ優秀なスタッフが集結して、あっという間に本になった。ネットと同じ文章なのに、紙に印刷されると全然違ってすごい。

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私のページの挿絵はサラさんの描くふみぐら社さん。

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その後、ふみぐら社さんが一つのnoteを書いた。

虎斑(とらふ)という、虎の模様のような木目の板が使われたテーブル。かつて大塚家具で購入したこの北欧風家具を手放そうと考えて買取業者に相談したものの、最近は家具に値がつかなくなってしまったという話。

この話に私は強く興味を引かれた。

自宅で使っている机は、(上の写真に写っている)子どもの頃の私がつけた傷や落書きが残る昭和の座卓と、ニトリで買った無難デザインの机椅子。
機能的に不足しているわけではないけど、一日の大半を過ごす机をいつか新調したいと何となく思っていた。
もし引き取り手に困っているなら、申し出てみようかと考えた。

でも、貰い手を募集しているわけでもなさそうだし、すでに決着のついた話をnoteに書いただけかもしれない。それなりに高級そうなので値段の想像もできない。聞くだけ聞いて「あ、やっぱ高いのでやめときます」ってわけにもいかないだろうし。
でも気になる。

そんな風にずーっとモヤモヤし続けて、その後テーブルがどうなったかのコメントも特にないまま秋になり、結局勇気を出してDMで問い合わせた。

ご家族の許可をいただきキャプチャ掲載します

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テーブルはすでに必要な方へと引き取られたとのことで一安心した。
同時に、あぁ、すぐに声をかけていればふみぐら社さんに会いに行けるチャンスがあったのだという後悔がこの日から続くことになる。

私は比較的フットワーク軽い方で、時間と費用をやり繰りして割とどこにでも行く。でも、相手がいる場合、相手の都合を考えたり相手が迷惑ではないだろうかと迷ったりすると途端に行動力が鈍化してしまう。
ましてや体調万全ではない相手に対して初対面で呑気に信州談義しに行くわけにもいかず、かと言って適切な会話に詰まりそうなほど他の話題は弱い。

虎斑のテーブルを引き取りに行くという大義名分があれば堂々とスバルに乗って会いに行けた。スバルに入らない大きさなら軽トラかバンでも借りて行けばいい。

この夏ふみぐら社さんは旅立ち、スバルに乗って信州トークをしに行く夢はもう叶わない。信州の山の稜線と夏空を眺めながら、今ごろふみぐら社さんは同じ空をどの角度から見ているかなって想像する習慣は残った。

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私は小説を書いてコンテストや文学賞に応募したりしている。昔から小説を書きたいと思っていて、このnoteで実現できるようになった。

周囲からダメ出しを受け続けてきた人生なので継続のため周囲にはあまり話してない。必要以上に焦ったり自分を追い詰めたり誰かを羨んだりしないよう、メンタルを守るための距離を少し意図的に取っている。
何でも話せる人とか作品について語り合える人がいないのは自分の事情なので仕方ない。でも、できれば編集者のような存在があってアドバイスを貰えたらという気持ちは常にある。その場所を求めての賞応募だったりもする。

ふみぐら社さんの追悼noteをいくつか読む中で、名前は変わったけど自分の中でいまだに山羊メイルさんと呼んでいる彼の投稿に掴まれた。

お二人はnote的山羊同士で(なぜふみぐら社さんが山羊なのか実はピンときてない)、「アニキ」「兄弟」と呼び合う姿は微笑ましく見てたのに、作家と編集者として関わり合っていた様子を読んだときは心が波立った。

山羊さんは小説に対する貪欲な感情を隠さず投稿していて、たびたび心を揺らされるような感覚にされてきた。他の人であれば気にならないような言動でも、なぜか山羊さんは心に引っかかる。
ふみぐら社さんと親しくしていた方は他にもたくさんいるけど、そうか、山羊さんはふみぐら社さんから編集者としてのアドバイスを受けられていたのか、って考えてしまった。

ふみぐら社さんの訃報に関して直接お会いしたかったというコメントをいくつも目にし、山羊さんも叶えられなかった無念に触れている。
人間関係も含めていろんなことがオンラインで成り立つ時代であっても、やっぱり私たちは五感で実体を直接経験したいのだろう。

やらなかった後悔は長くくすぶる。
繰り返し経験してきたはずなのに、虎斑のテーブルでまたやってしまった。
行きたいところへ行き、見たいものを見て、したい事をして、会いたい人に会うことは、もう少し欲張るくらいでもいいのかもしれない。

信州の夏空を見る季節は特に、このことを反芻していくだろうと思う。

今日も快晴で眩しい夏空に白い雲が浮かんでいます。ふみぐら社さんもこの空を見ている気がして、追悼の言葉がうまく出ません。

【追記】
ふみぐら社さん、林伸次さん、Yukiさんによる編集で制作された『東京嫌い』。21人の書き手が描く読み応え抜群の東京ストーリー。300円。

猫野サラさんが中心となった企画『寄せ文庫』マガジン。寄せられた作品と言葉の数々に、ふみぐら社さんの土壌の豊かさを感じる。


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