【人物備忘録】風俗嬢と持ち帰りうどん
あれは2011年、大きな地震が来る少し前。
渋谷で持ち帰りのコロッケうどん屋で働いている時だった。
21時までの営業だったのだが、
毎週水曜日と土曜日の閉店間際に
キツネうどん玉子トッピングを持ち帰る女性がいた。
黒髪ロングで少しパーマがかかった背の高い
少し疲れた目が印象的だった。
一人で店番をしていたし閉店近かったので
その女性と少し喋るようになっていた。
挨拶だけの日もあれば音楽の話をする日もあった。
一回だけ身の上話をした。
小さな頃から一人ぼっちで友達がいない。
親に暴力を振るわれるわ、警察の世話になるわで
散々な青春時代を送っていたようだ。
そして今は流れ流れて風俗嬢。
ただ彼女は悲劇のヒロインぶらず明るく喋っていた。腕についたリストカット跡も
「えへへ、やっちまいました」
ぐらいの軽いノリで恥ずかしそうに見せていた。
目の下のクマは疲れを隠しきれてはいなかったけど。
いつの間にか毎週彼女に会えるのが楽しみになっていたが、ある日から急に来なくなった。
ああ、店変わったのかな、それかお店辞めたのかな、なんて思っていた。
大きな地震があって渋谷から人が消えた頃、
彼女は急に現れた。
「私、ヤクザの若頭に水揚げされたの!身の回りの整理してて全然来れなくて!これで幸せになれるの!いつも美味しいうどんありがとう!風俗嬢だからって引いたりしないで沢山喋ってくれてありがとう!またどこかで!」
彼女はまた急に消えた。
またどこかで、それは無理だろ。
ヤクザに水揚げされる事が幸せなのかどうかなんて俺にはわからなかったし、今もわからない。
でも彼女の目は確かに輝いていたし、
未来を向いていた。
あの時の彼女は確かに幸せだった。
微妙に気持ちをモヤモヤさせながら食器を片付けた。
彼女は今も元気だろうか。
おしまい
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