治癒を目指すのではなく、自分の人生を生きる

ここまで読んでくれたあなたには、POTSをはじめとする起立不耐症がどのような病気かをイメージできると思います。

この本では基本の療養から、現時点ではまだ研究中の治療法までを、あえて選り分けずに、できるだけ広くお伝えしています。

症状を和らげるための日常生活での工夫や、主治医の先生と一緒に行う治療についての知識は十分に得られたと思います。

今のところ私はPOTSを、従来の障害のある臓器を治療するという考えだけではカバーできない疾患だと思っています。

何らかの「弱点」はあるものの、パーツはそこそこ働いてくれているのに、システム全体としての身体が、望むようなパフォーマンスを発揮できていない状態に近いかもしれません。

それだけに、旧来の疾患に対する考え方のみで対処しようとしても理解してもらえず、医師に拒絶される例が後を絶たないと考えています。

現代の医学では、患者さんを診察するときに、まず病気になった原因を明らかにします。たとえば、病原菌による炎症や、血流が途絶えて組織が死んでしまったり、身体に不可欠な栄養素が少なすぎたり、もしくは多すぎたりということが挙げられるでしょう。病因をつきとめた後に病気を診断し、それに対する治療を行います。

医学の研究はめざましく進歩し、これまで手がつけられなかった疾患を治療できるようになりました。医療を受ける側、行う側が共に、その恩恵を十分に受けているといえるでしょう。

このような考え方で患者さんを見ている医療者は、もし、本当に病気であれば、心臓や肺などの臓器の不具合といった、何かはっきりした原因を疑いがちです。その結果たくさんの検査をして、その証拠をつかもうとします。

ところが、いまだに多くの病気の原因だけでなく、私たちの身体の仕組みそのものも、全ては明らかになっていません。最先端の検査でも、私たちの身体を完全に分析して記述することはできないのです。

ここまで何度もお伝えしたように、POTSには特効薬やこれさえ行えば完治するという方法はありません。でも、さまざまな方法を組み合わせて、少しでも望むパフォーマンスを達成できるように工夫を重ねることはできます。

治療を続けていくにつれて、あなたの症状が日常生活を送るのに問題がない状態まで改善することも十分ありえるのです。

しかし、これらをすべて行っても思うように効果が出ない人たちがいます。身体だけでなく思考もうまく働かず、これまでできていたことが、まったく行えなくなると、どうしようもない不安や焦りを感じるでしょう。それは当然のことだと思います。

だからといって、あきらめないでください。

一日中、寝たきりの状態に近い日もあれば、わりと元気で外出できる日があることにあなたも気づいていると思います。調子のいいときと悪いときとで、どんな違いがあったでしょうか?

「昨日はあんなに元気だったのに、今日はまったく動けない」

そんなときでも自分を責めないでください。いまの状態でも、できることは必ずあります。もしかしてそれは、起き上がることではなく、横になって休むことかもしれません。

今日も具合が悪くて起きられそうもない、職場や学校、時として身近な家族になんて言われるか心配でたまらないなどの思いが押し寄せてくることもあるでしょう。

そんなときはアタマの声ではなく、あなたの身体に意識を向けてあげてください。私たちの身体は、あなたが思っているよりずっと賢くて、精密に創られています。身体がどうして欲しいのか、一番よくわかるのはあなた自身なのです。

そしてできれば、他の人にもわかるように感じたことや気づいたことを言葉にしてみてください。最初は漠然としていてもかまいません。内気な子どもの言い分を聞いてあげるような気持ちでトライしてみましょう。

もうひとつ、大切なことがあります。病状の重さにかかわらず、けっしてひとりでこの病気に立ち向かわないでください。

すでに、家族など親しい人に相談して、精神面を含めたサポートを得られていても、学校や職場など社会のなかでの生活を送るためには、もう一歩、踏み込んだ援助が必要な場合があります。

学生なら、まず担任の先生に受ける授業の時間割や療養にともなう休学、通常の学級から通信制や定時制への転籍について、相談してみましょう。最近はオンラインの授業も普及してきました。学ぶ時間と場所は、あなたが決めていいのです。

社会人になってから発症した方には、疾患をもっていても仕事を続けることができるような支援が用意されています。職場によっては、患者とその家族と、医師や医療ソーシャルワーカーなどの医療側、そして産業医、人事労務担当者など企業側の三者で情報を共有する「両立支援コーディネーター」が配置されていることがあります。

一度、職場の担当者に問い合わせてみましょう。フルタイムでの勤務は難しくても、時短やタイムシフトなどの、あなたに合う働き方が見つかるかもしれません。

また、これから仕事を探すときは、お住まいの地域の福祉担当窓口への相談や、ハローワークの利用がおすすめです。自分の症状を正直に伝えて、それに合う仕事がないかを聞いてみてください。

まだ多くのPOTS患者さんが、きちんとした診断や治療を受けられていないのが現状です。とはいえ、POTSなど起立不耐症を診察できる医療機関も増えてきました。『起立不耐症研究会』のウェブサイトにも全国の情報が掲載されています(https://jsoi-online.org/findadoctor/)。

POTSを取り巻く状況は少しずつ変化しています。もうしばらく、おそらく数年以上はかかるかと思いますが、徐々に社会のなかでこの症状に苦しむ人たちの受け入れが進んでくるでしょう。



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