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狩猟採集の学びと徒弟制の学びのちがい

徒弟制の学びとアフリカ狩猟採集社会の学びはどうちがうのでしょうか。ここでは学習環境の側面から考えてみます(『教示の不在』本より)。アフリカ狩猟採集社会といっても、社会によってその環境はさまざまですが、ここではカメルーンの熱帯雨林(以下、森)に暮らす狩猟採集民バカBaka(バカ・ピグミーとも呼ばれる人びとです)に焦点を当てます。

まず、わたしたちの暮らしのなかにある徒弟制の現場を考えてみましょう(といっても、高度な産業化によってそうした徒弟現場はほとんど見られなくなったかもしれませんが)。仕立屋さん、鍛冶屋さん、紙漉(す)き屋さん…。いわゆる職人技を現場で学ぶという徒弟制の学習環境では、一般に親方を中心にして道具やモノが置かれます。あたりまえですが、親方が中心に仕事をしながら、弟子はそれをかたわらで見て覚えていきます。また、周辺的な作業も与えられつつ、そうした作業に参加しながら、だんだんと中心的な作業に近づいていく(任されるようになる)わけですね。

わたしたちが「学びとはなにか」を考えるときにふつう思い浮かべるのは、学び手の頭の中で起こっている目に見えない内面的な変化です。たとえば、知識の獲得とか、考え方やアイデンティティの変化みたいなことです。でも、そうした目に見えないものだけでなくて、学び手のまわりにある、目に見えるさまざまな外界物と学び手の関係の変化もまた重要なんじゃないか。こう主張した議論があります。これを状況的学習論といいます。学習を学び手の頭の中で起こる内面の出来事としてだけ捉えるのではなくて、学び手の活動への参加のあり方がどう変わっていくのかとか、まわりにいる人びとやまわりにあるモノとの関わり方がどう変わっていくのか。こうした目に見える「変化」から学びという現象を捉えようとする考えです。

こうやって考えると何がいいのかというと、まずはその学習環境を包括的に(ぜんぶひっくるめて)理解できるということ。つぎに、これまで学び手単独の振舞いとか内面的な変化しか捉えられなかったのが、まわりとの関係性の変化のなかで、ダイナミックに「学びの軌跡」を追えるようになったこと、があります。さらには、学び手に見えている世界がどう変化していくのかも分かるようになった。このあたりがおもしろいなあと思います。

さて話を戻すと、このように学習環境という視点で学びを考えたときに、「徒弟制での親方と弟子の関係」と、「森で狩猟採集をする大人と子どもの関係」には、かなりちがいが見られます。

まず徒弟制では、親方の周りに道具が置いてあるので、親方を中心にその空間が作られています(図1)。

図3-1

図1.  銅細工師の徒弟制(モロッコ)の様子。Lancy and Grove, 2010の写真もとにしている。イラストは、はなおかけんたさん。

弟子は親方が作り上げた空間に周辺的に参加する感じです。そこで周辺的な作業をしながら、徐々に中心的な作業を覚えていく。

ところが森はどうかというと、森は自然環境なのだから、別に大人を中心にしてモノや環境物が配置されているわけではありません。これもあたりまえです。
でもこういう環境だからこそ、親方としての大人にも予測不可能な出来事が起こります。思いもよらないところに獲物の巣穴を見つけることもあるし、獲物の行動を目撃することもあります(図2)。なので森では、親方、弟子の関係とはまたちがった教え手と学び手の関係が作られていくことになります。

森での学び さなぎ

図2. 森(カメルーン)で採集活動をおこなうバカの大人と子ども。子どもがさなぎを見つけたというので、父が探しているところ。

じゃあどういうふうに、関係はちがうのかをまとめます。徒弟制での親方、弟子の関係は「教え-教えられる関係」にあります。でも、森での大人と子どもの関係は、必ずしも「教え-教えられる関係」にとどまらず、しばしば「いち実践者同士の関係」にもなっていきます。教え手=大人と学び手=子どものあいだに、こうした対等性が見られるのが「狩猟採集の学び」です。狩猟採集社会の子どもは、「大人と対等に、自分で考えて行動する」といわれてきました。それがなぜなのか。またそもそも、なぜそんなことがいわれてきたのかを考えたいというのが、ここで紹介したふたつの学びの違いを考えたきっかけになっています。狩猟採集社会の子どもは、「自分で考えて行動せよ」と、そういうふうに教えられているだけじゃなくて、学習環境もそこに大きく関わっているのではないか、というのが、わたしが考えてみたかったことでした。

状況的学習論が学べる本

Lancy, D. F. and Grove, M. A. 2010. “The Role of Adults in Children’s Learning,” In Lancy, D. F., Bock, J. and S. Gaskins(eds.), The Anthropology of Learning in Childhood, Plymouth: Alta Mira Press, pp.145-179.

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