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日本式ピラミッド型組織と「知識創造」

A:言葉にならないまま個人が感覚的なものとして保有している知識(暗黙知)と、B:言葉で語られ組織メンバーが共有している知識(形式知)が相互左右して新しい知識が想像されるという理論(SECI理論)があります。高木一史さんとGAVIさんのお二人が、同じくSECI理論を参照しつつも、それぞれ違った切り口で組織の在り方に迫った2つの、とても面白くて勉強になる投稿を紹介します。


1.SECI理論とは


SECI理論を既にご存じの方は、このパートは飛ばしてお読みください。

SECI理論は、一橋大学大学名誉教授の野中郁次郎氏らが組織内での知の拡大創造について提唱した理論で、以下の高木さんのご説明とGAVさんの図解が、とてもコンパクトでわかりやすくまとまっています。

高木さんのご説明(本文からの抜粋に、一部、楠瀬が手を加えました。太字部分は楠瀬が太字化したものです)

「人間の知識は暗黙知と形式知の社会的相互作用を通じて創造され、拡大される」
「暗黙知と形式知の社会的相互作用」は次の4つの知識変換モードで構成されている。
①個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する「共同化」
②暗黙知から形式知を創造する「表出化」
③個別の形式知から体系的な形式知を創造する「連結化」
④形式知から暗黙知を創造する「内面化」
この4つの知識変換モードを、個人からグループ、組織、組織間という大きな範囲でスパイラルアップさせていくことが、企業でイノベーションを起こすために必要である。

GAVIさんの図解をお借りすると、次のようなイメージです。GAVIさんの投稿中の図解をそのままコピーさせていただいています。

GAVIさんSECIモデル

図の中央の矢印が、高木さんの説明にある「スパイラルアップ」を意味しています。

2.SECI理論と日本のメンバーシップ型雇用


高木さんは、野中郁次郎氏/竹内弘高氏の『知識創造企業』を引用しながらSECI理論が定義する「知識創造」に関し、日本企業には独自の強みがあったと述べていらっしゃいます。

日本企業は、知識変換モードの中でも特に、お互いの暗黙知を共体験して分かち合う「共同化(Socialization)」、それをコンセプトとして形式知化する「表出化(Externalization)」に優れている、という。
(太字部分は、楠瀬が太字化)
その理由の1つに著者は「高密度の場」を挙げている。日本企業は、頻繁な定期・非定期の会合、公式・非公式のコミュニケーション・ネットワークを持つことで「高密度な場」を創り出し、「共同化」「表出化」を促進しているというのである。
(太字部分は、楠瀬が太字化)

私は、日本企業がメンバーシップ型雇用を採用していて職務の境界がアイマイなことが「高密度な場」を創り出すうえで一役買っていたと考えています。

日本式ピラミッド型の会社組織

職務の壁を超えて相互に連携し合うことが「高密度な場」を生みやすいと考えるのです。

上記図解の出所はこちらです。

高木さんは、日本企業が「共同化」と表出化」に優れていた理由を、もう一つ挙げていらっしゃいます。

また日本企業には、さらにもう1つ「暗黙知」をうまく活用するための手段があるという。そこで紹介されているのが「頻繁な人事ローテーション」である。
改めて、日本企業は「高密度な場」をつくることに加え、「頻繁な人事ローテーション」を行うことによって、暗黙知の共有、そして、暗黙知を形式知に表出することに成功してきた、というわけである。

これもまた、日本企業のメンバーシップ型雇用のもとでは、人事ローテーションを会社の一存で決めることが出来たことによるものだと私は考えています。

私は、人生を会社に丸投げするような日本の雇用と人事の在り方が大嫌いですが、研修業界にあって経営について考える人間の端くれとして、日本企業のジョブ型雇用に上記のようなメリットがあったことは否定できないと考えています。少なくとも、それは、持続的イノベーションが企業の競争力を左右した時代には、非常に効果的に機能していたのです。

ここで、誤解のないように付け加えておく必要があると思うのですが、高木さんご自身は、旧態以前の日本の人事制度には懐疑的でいらっしゃいます。そのことは、次の投稿を見れば明らかです。

高木さんの論には、人事の実務を体験された方ならではの現場感覚とバランス感覚があり、私のように少しでも人事の実務をかじったことのある人間にはすっと頭に入ってきます。人事が何をしているかを知る機会がないが、人事制度や人事異動などの運用に関心があるという方にもお勧めです。

では、次に、SECI理論を参照しつつ、音楽という、一味違った切り口から企業の知的創造の本質に迫ったGAVIさんの論考を見ていきたいと思います。

3.SECI理論とジャズコンボ


GAVIさんは、端的に、次のように述べていらっしゃいます。

メンバーシップ型雇用のオーケストラ型組織で「没個性・均一化・同質化」を尊重していては 『持続的イノベーション』止まりでしょう。
(太字部分は、楠瀬が太字化)
ジャズコンボ型組織は「個性歓迎・多様化・異質の取り入れ」といった考え方もあるので『破壊的イノベーション」が期待できると考えています。
(太字部分は、楠瀬が太字化)

ここで、「メンバーシップ型雇用のオーケストラ型組織」とは、「メンバーシップ型雇用に基づくピラミッド型の企業組織」、つまり「在来型の日本企業の組織」の喩えと理解してよいと考えます。

「ジャズコンボ型組織」は、高度なプロフェッショナル自発性・即興性・創発性を最大限に発揮しながら知的創造を行う組織をイメージしたものと、私は受けとめています。

GAVIさんのご主旨からはそれてしまうかもしれませんが、私は、「メンバーシップ型雇用に基づくピラミッド型の企業組織」が持続的イノベーションどまりになってしまう原因は、「暗黙知」の段階で、個人差が小さすぎるからだと解釈しています。

私は、1990年代前半に人事部門で採用に携わっていました。そのころ、私が使っていた採用基準は「この学生さんが、5年後に〝うちの会社”で、一人前社員として活躍している姿を思い描けるか?」でした。私と同僚・上司で採否判断が不一致だった記憶はないので、おそらく、彼らも似たような基準を使っていたのだと思います。

今から振り返ると、このような採用の仕方は、「メンバーシップ型雇用」の仲間選びそのものですね。そして、こういう採用の仕方を続けていると、おのずと同質的な人間を雇い入れる結果になります。ただ、この時点では、各自が個性を発揮していて、決して均一化はしていません。

入社後に会社のカルチャーと仕事の仕方に馴化していくうちに、10年も経つと「没個性・均一化・同質化」してしまうのです。こうした社員同士の間では「暗黙知」に大きな差異はなくなります。したがって、「暗黙知」と「形式知」を相互作用させても、飛躍的に新しい知は生まれてこないのです。

このような状態とジャズコンボ的な創造の場がどれほど違うかは、GAVIさんの次の論考から明らかです。

音楽、特にジャズという異分野から組織を考察するGAVIさんの論考は、私のようなビジネス畑出身の人間にとっては、まさしく「個性歓迎・多様化・異質の取り入れ」であって、いつも大きなヒントをいただいています。ビジネスパーソンであって、今までと視点を変えてビジネスを見つめ直す必要を感じていらっしゃる方にお勧めします。

4.これからの日本企業の組織

日本企業は「正解のない世界」に突入しており、これまでにない飛躍的イノベーションが求められている。――この点については、あまり異論がないと感じています。

「では、飛躍的イノベーションを実現するためには、どのような組織と人事のありかたが望ましいか?」 という問いがすぐに頭に浮かんできます。

しかし、私は、組織と人事制度は、つねに企業のミッション・ビジョン・戦略と一体で構想すべきものだと考えているので、組織と人事制度だけを取り出して論じることは、日本企業の課題を矮小化してしまうことにつながると危惧しています。

とは言え、この件を持ち出した以上、ある程度の推論を語る必要はあるでしょう。私は、過渡期の組織の在り方として、下のイメージ図のような緩やかなピラミッド型組織を維持しつつ、横の連携にジャズコンボ的な要素を取り入れていくのが現実的な線であろうと考えています(イメージ図は上掲のものと同じ)。

日本式ピラミッド型の会社組織

ジャズコンボ的要素をどのような形で・どの程度採り入れていくかは、個別の企業と個別の組織単位ごとの課題になっていくと思っています。

いずれにしても、これからの5年から10年は、日本企業の命運を決める時間となることは、確かです。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


『日本式ピラミッド型組織と「知識創造」』おわり














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