見出し画像

ぺりとんとん_最終話

「ワロタ」

3階くらいの高さの木の幹に蛇口がある状況と
なぜか幽体離脱して公園の真ん中で寝転がっている自分を俯瞰している自分に対してまず僕はそう言った。
不思議と恐怖なく、今この瞬間を本能的に理解していた。

当然、こんなところに蛇口があって捻らないほど僕は大人ではなく、
好奇心に少しだけ勃起しながら一目散に捻りに行った。

誰も触らない様なところにあるのにその蛇口は新品の様にピカピカだった。
つい最近設置されたのだろうか。
しかし木の幹と蛇口のつなぎ目は
長い時空を越えてきた歴史のシワが威厳を放っていた。
古さと新しさが混在していて目に見えているものだけに頼っていたら到底理解できないと感じた。
そこには古き時代が”今”存在していると強引に納得することにした。

何はともあれ捻ってみよう。

冷たい鉄の蛇口に触れると小学生の休み時間のことを思い出した。
僕の小学校には上校庭と下校庭と呼ばれる工程が2つあり、
その上校庭でキックベースをしながら脇にある水道の水を飲んでいた。
そんなことを回想しているとすぐその世界に飛ぶのだろう?
という安易な予想どおりにはならなかった。

蛇口をひねるとさっきまで真っ青だった宇宙がピンク色になった。
太陽は白く見えないほどに輝いていたのに緑色になり直視できる様になった。
でも明るさは変わらない。
さっきまで太陽だった緑のものは青いウネウネしたオーラを出しながら
ピンク色の空の中で踊り始めた。

「ぺりとんとんっ」

何かが聞こえた。
気がつくと僕はまた公園で万歳の状態で寝転がっていた。

「ぺりとんとんっぺりぺりとんとんっ」

音も表情も言葉もなく僕の手の”カピカピ”に列をなしていた蟻たちが
明らかに声を出して踊っていた。
緑色の太陽も青のウネウネを手の様に振りながら
蟻達と一緒に踊っていた。

宴だ。みんなが何かを祝っている。
何を祝っているのか一向に分からないが、
今この瞬間へ命の限り感謝しているのは何故か理解できた。
僕は蛇口から水が吹き出す様に泣いていた。
涙は紫色だった。僕にはそう感じただけでもしかしたら違うかもしれない。
それでもいいとその時は思えた。
みんなが同じことを思っていなくてもいいじゃないか。
この蟻と太陽の踊りも、もしかしたら祝いのダンスではないのかもしれない。
でもそれでいいんだ。僕は嬉しかったんだし、涙がるくらい感動したんだ。
踊りながら僕はそんなことを考えていた。

僕の涙はいつしか海になっていた。
紫色の、みたこともない大きな水溜りだった。
海と同じ様に少ししょっぱかった。

キックベースをした小学校の上校庭も、
万歳をして寝転がった公園も、
蟻達も、蛇口も、
気がつくとどこにもなかった。
僕すらもそこにはいなかった。
でもそう感じる意識だけがあった。

知らぬ間にピンクとクリーム色に2分された空を眺めながら、
僕は今笑っている。

「ぺりとんとんっぺりぺりとんとんっ」

全て踊ればよかったんだと腑に落ちている。
生きていた33年間で感じたこともない様な安堵と感動に包まれていた。
手にはまだ微かに”カピカピ”がついていたので洗いたくなった。
紫色の海で洗おう。
遠いところにある様に見えたが、3歩歩くと海についた。
波はなかった。

「ぺりとんとんっぺりぺりとんとんっ」

緑色の太陽はまだ踊っている。
手を洗うことなどどうでも良くなっていた。
夕方になり人肌の温もりに落ち着いた砂浜に身を預けた。
子供の時に書いていた様な絵を砂浜に描いた。
僕は恥ずかしくなってその絵を手でパパッと払い、
かつて自分で流した涙の海を眺めていた。

(おわり)

この記事が参加している募集

SF小説が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?