見出し画像

少年老い易く学成り難し

「少年老い易く学成り難し」とは、漢詩で、日本では、ことわざ、教訓のような意味合いで使われています。以前は、朱熹(朱子)の作品だと言われていて、私もそうなのかーと思っていたのですが、最近の研究では別の方によるものだろうとも言われています。

https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/2/21421/20141016140925772298/kokubungakukou_185_27.pdf

原文は次の通りです。

少年易老學難成
一寸光陰不可輕
未覺池塘春草夢
階前梧葉已秋聲

少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
未だ覚めず池塘春草の夢
階前の梧葉已に秋声

学問を志すこと自体は、何歳でもいっこうにかまいません。学問というほど大きく構えなくても、個人的になにかを学びたい、勉強したい、新しいことを身に着けたいという気持ちに年齢制限、小も大もないと思います。そうなのですが、専門家になるとか、という話になると、この時期というべき最適のタイミングがあるかもしれません。

普通の学問よりもスポーツとかは特にわかりやすくそんな傾向がはっきりしているでしょうか。音楽や絵画などもそうかな? 映画『蜜蜂と遠雷』を見たのですが、そこに登場する若い天才たちを見て、この子たちの「ピアノが好き」とか「弾きたい」は、その「好き」とか「弾きたい」のレベルが破格中の破格だと強く感じました。少年時代は、ほかにも興味のあることがいくらでもあり、よその子と遊んだりもしたかったかもしれないが、この子たちは、それ一筋です。たいへんな練習、たいへんな修行なのに、そのたいへんさよりも、自分の周囲に音楽が満ち満ちていることに気づき、それを喜ぶ感性にあふれています。

でも、特に意識せずに、そういう状態でいられるのは、その子たちにとってさえ、一生でごく一時期だけのことかもしれません。映画には、コンクール審査員らの物語も含まれるのですが、彼らもかつては同じく天才少年少女であったわけです。

中国の漢詩に登場する「少年老い易く学成り難し」は、芸術よりももっと学問、いまでいう人文・社会科学に近い学問を想定しているのかもしれませんが、なにか1つの専門を極めるという文脈で考えると、現代のいろいろな分野にあてはまることもたくさんあるような気がします。

あくまで私の個人的な勝手な考えですが、現代の科学技術について言えば、大学院修士・博士課程で想定されている20代、特に半ばくらいの時期は(絶対的ではないとしても)重要かもしれません。この時期に頑張っておられる若者はみんなそろって輝いてますが、その少し後に、はたからみて「少年老い易く学成り難し」だなと思う状況があります。ひょっとすると、そこにはまた別の重要テーマがあり、高度に集中し高まった意識をどこまで、またどのように継続できるものなのか、といったことがあるのかもしれません。

『蜜蜂と遠雷』のピアニストの世界は、本当に美しくて魅せられます。演奏も素晴らしいですが、映画をご覧になった方はご存じでしょうが、どきっとするような会話もいくつもありました。私にとって特に響いたのは、マーくんがアーちゃんに「自分はコンポーザー・ピアニストになって新しいクラシックを作りたい」と熱く語る場面。小さいとき泣いてばかりいたマーくんがそんなことを言う少年に成長しているのを、まわりの大人が放っておいていいわけありません。コンクールでもちろんマーくんは優勝するのですが、きっとその先には、審査員たちとも共通するような課題にも遭遇するでしょう。「少年老い易く学成り難し」という言い方ですんでゆくのかどうかわかりませんが、音楽の女神に微笑んでもらった方ならではの人知れない困難もきっと待っています。いつもスムーズにいくわけではないでしょうが、頑張ってほしいですね。

https://amzn.to/33cd9gk

https://amzn.to/3xIpAi8

ご意見・ご感想を歓迎します

昨今のインターネットの全体状況に鑑み、コメント欄は閉じておりますが、ご意見、ご感想は、twitter のダイレクトメールにて歓迎いたしております。また、親愛なるマガジンご購読の皆様には、別途、種々のコミュニケーションの機会をご案内いたします。その折には、どうぞ、なんでもおっしゃってください。皆様とのコミュニケーションの機会を楽しみに致しております。

初めての皆様へ

皆様には、桜井健次のエッセイのマガジン「群盲評象」をお薦めしております。どんな記事が出ているか、代表的なものを「群盲評象ショーケース(無料)」に収めております。もし、こういうものを毎日お読みになりたいという方は、1年分ずっと読める「群盲評象2022」を、また、お試しで1か月だけ読んでみようかという方は「月刊群盲評象」をどうぞ。毎日、マガジンご購読の皆様にむけて、ぜひシェアしたいと思うことを語っております。



ここから先は

0字
現代は科学が進歩した時代だとよく言われますが、実のところ知識を獲得するほど新たな謎が深まり、広大な未知の世界が広がります。私たちの知識はほんの一部であり、ほとんどわかっていなません。未知を探索することが科学者の任務ではないでしょうか。その活動は、必ずしも簡単なものではなく、後世からみれば群盲評象と映ることでしょう。このマガジンには2019年12月29日から2021年7月31日までの合計582本のエッセイを収録します。科学技術の基礎研究と大学院教育に携わった経験をもとに語っています。

本マガジンは、2019年12月29日から2021年7月31日までのおよそ580日分、元国立機関の研究者、元国立大学大学院教授の桜井健次が毎…

いつもお読みくださり、ありがとうございます。もし私の記事にご興味をお持ちいただけるようでしたら、ぜひマガジンをご検討いただけないでしょうか。毎日書いております。見本は「群盲評象ショーケース(無料)」をご覧になってください。