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本当の孫は

「ワシはなぁ、昔プリンスエドワード島に住んでたんじゃが、ある日、ギルバートという男の子が……」

「うんうん、そうだったんだぁ」

……今日は、赤毛のアンか。
俺は、公園で老婆の話を聞いていた。

彼女は自分のことを全く覚えていない程に、痴呆が進んでいた。
そしてそれを埋めるように、度々自分を、最近観たテレビのドラマやアニメの登場人物だと思い込んで、俺に話してきた。
その物語の内容も、すぐに忘れるのだが。

俺が、この老婆の話をきく理由は単純明解。彼女から金を騙し取れるからだ。

彼女は、俺のことを孫だと勘違いしていて、妄想の昔話をしては、お小遣いとして俺にお金を渡してくれる。俺は自分が孫であることを、否定しない。

「会いに来てくれて、ありがとうねぇ……ケニー」

「ああ、婆さんも元気でな」

老婆は、とても穏やかな顔で俺を見送った。

「……くっくっく、これでまたギャンブルができる」

貰った金額が増え続けていくのと反比例して、俺の罪悪感は、水を加え続けた水溶液のように、徐々に薄くなって無くなっていった。

一か月後、俺は、またあの老婆のもとへ向かった。

老婆は、「ワシの家に来ないか?ケニーとお茶でもしたいんじゃ」と言ってきた。

婆さんの家に行くのは初めてだな……。
そう思い、俺は老婆について行き、家に入った。

老婆は、紅茶を淹れてくれた。
俺はそれを一口飲んだ。ダージリンの上品な香りがしてとても落ち着く。

「ワシには仲の良かった双子の姉がいてな。子供の頃は毎日仲良く暮らしておった。今はもうこの世にはいないんじゃが」

また、婆さんの妄想話が始まった。今日はどんな物語なのだろうか。

「二人はやがてそれぞれ結婚して別々の人生を歩み始めたんじゃが、子育てを終え、夫にも先立たれたワシら姉妹は一緒に暮らすことになった」

そんな物語、テレビで放送してたっけなぁ?と俺は思ったが、彼女の話をもうしばらく聞くことにした。

「そんなある日じゃ、姉が歳のせいか、どんどんボケてきてしまってな、ワシのことさえも忘れてしまい、ときどき何処かへ行ってしまうようになってしまったんじゃ」

俺は、その話の姉が、まるで婆さん自身のことのように思った。全身に悪寒が走る。

それに、今日の彼女は何か変だった。

あの老婆の自宅が、公園からほんのすぐそばだったとしても、彼女が自力で家までたどり着くのは、どう考えてもおかしかったのだ。

「姉は、血も繋がっていない若者を自分の孫だと思い込んで、そいつに、ほとんどの金を騙し取られていたんじゃ。遺産が手に入るのを期待して、我慢して姉と過ごしていてやったというのに!」

「おいおいその話、なぜ知って……!?」

俺はびっくりして、思わず立ち上がった。
老婆はゆっくりと俺の目を見た。目は血走っていて鬼の形相と化していた。

その時、足の力が急に抜けて、立てなくなった。もしかしてあの紅茶に薬を……。
俺はそのまま眠ってしまった。

「…………きろ!……起きろ!」

俺は目をゆっくり開いた。意識も視界もまだぼんやりしてよく見えない。

「ようやく気づいたか、くそやろう」

意識が先にはっきりしてきた。

「ああ……そうか、老人を騙してた俺が、今度は老人に騙されていたってことか。」

人にしていたことは、その人に返ってくるんだなと思った。
視界もようやくはっきりしてきたところで、俺は、目の前にいたのが警官だったことに気づいた。

「そういうことだ。監視カメラにお前が金を受け取っていたのが確認された。……よくもおばあちゃんを騙しやがって」

「おばあちゃん……?」

「そうだ、お前が騙してたのは俺の祖母だ」

「そうか、お前がケニーだったんだな。残念だが、最期の婆さんにとっての、本当のケニーは、俺だ。少しは会いに来てやれば良かったのにな」

俺は、彼にそう言い、署に連行された。

ーー『会いに来てくれて、ありがとうねぇ……ケニー』ーー

今思えば、あの老婆は、自分のことをほとんど覚えていないのに、ケニーの名前は忘れてはいなかった。




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