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イタリアにおけるデザインマネジメントの原理

このnoteでは、拙著の結論部分からデザインマネジメントの原理を記してみます。「イタリアにおけるデザインマネジメントの原理」というタイトルですが、本場のデザイン経営のやり方がこれですから、本noteは、「デザインマネジメントの一般的な原理」を説明していることになります(イタリアに限った話ではありません)。まず、冒頭の図は、以下のように説明できます。

「イタリアのデザインマネジメントとは、デザインプロジェクトの出発点である探索的かつ自由なビジョナリー(ブルースカイ)リサーチを通じて決まったデザインコンセプトに対して、起業家/デザイナー/模型制作職人が協業することによって、長寿命で美観を備えた“かたち”が付与され、そのようにしてグッドテイストな製品が誕生する。このグッドテイストな製品のミッションは、ミラノ・サローネのような国際見本市に出展され、(商業的には失敗したとしても)詩や神話に現れるユートピアを予感させる象徴的次元を強く訴えることで自社のアイデンティティの確立や知名度アップに貢献することである。有名になれば、翌年以降の見本市で、より実際的で商業的にペイする製品を出展することでデザインへの投資を回収することができるのである。起業家らは、デザイン性の優れたモノとグッドテイストなモノを同一視しており、そもそもデザインマネジメントとは、マーケティング/ラグジュアリー/スタイリングと区別されるグッドテイストなモノを作って管理することである。」

詳しくは、拙著の第4章と第5章を参照していただきたいのですが、デザインマネジメントの特徴は以下のようにまとめられます(ページ数は拙著)。

(a) イタリアのデザインマネジメントの起源としてのオリベッティ社


デザイン起業家・デザイナー・モデラー(模型製作職人)の三者間協業が、「工業的なMade in Italy製品」を成立させた根本要因であり、この三者間協業が初めて行われたのはオリベッティ社においてでした。その意味でオリベッティ社が存在しなければ、世界を席巻したメード・イン・イタリー現象も起きなかったのです(pp.75-77,p.60)。

(b) 芸術作品の価値の工業製品への移転


オリベッティ社では、模型制作職人(モデラー)が、デザイナーの求めに応じて芸術作品のような木造模型を制作しました。イタリアの職人技の起源はルネッサンスの工房にあり、遠近法を習得することで優れた立体造形感覚を身に付けているモデラーを抱えているのがイタリアの強みですが、著名なモデラーであるG.サッキがデザイナーのニッツォーリから学んだ教訓は、最初から模型に色を付けると、クライアントはかたちを見ずに色しか見なくなるということでした―最初にすべきことはかたちの評価です。こうして制作された木造模型は、アウラを纏った芸術作品といえるもので、その芸術的価値が工業製品へと移転されました。オリベッティ社での実践はその後も反復され、一点モノの芸術作品(彫刻家ロン・アラドのBig Easyという作品)の量産化に挑戦したモロソのような起業家も現れました。元々は芸術作品として制作されたアウラを纏った工業製品は、産業社会が課してくる反復的で単調な業務に由来するストレスに対する癒しを人々に提供します。言い換えれば、デザイン起業家と協業するデザイナーは、労働者の疎外を解消すべく、工業生産された味気ない製品が、本来の用途とは違う文脈で使われるように配慮すると同時に、五感でも享受できるモノへと変換する役割を担っているのです(pp.75-77,110-112)。

(c) グッドテイストの伝道師としてのデザイン起業家


デザインマネジメントを実践するデザイン起業家は、空間全体の様式美を損なわないような“品の良い(グッドテイスト)”なモノを世の中に広める伝道師である以上、“品の良さ”とは何かということがデザインマネジメントの一つの研究対象となります―たとえば、“さりげなさ”や“くったくのなさ”は気品をもたらす一方で、機能との調和を考えず、モノに美容整形を施すのはキッチュ(=バッドテイスト)なものとみなされます。他方、製品のライフサイクルが短いファッションビジネスにおいて典型的であるような、売り上げを伸ばすためのスタイリングはデザインではなく、また、特権階級の衒示的消費を特徴とするラグジュアリーなモノもグッドテイストとは位相を異にしています(pp.77-80)。

(d) 長い製品のライフサイクル


デザインマネジメントでは、製品が備えている美しいかたちが刷新・更新される回数はファッションビジネスと比べて少なく、結果として製品は長寿命となるため、企業はゆっくり成長する覚悟を決める必要があります。製品が長寿命であるがゆえに、結果として生活空間に存在する商品の数が絞られ、室内の眺めがすっきりとした(雑然としない)ものになるのは、デザイナーのF.スタルクが指摘する通りです(p.130,138)。

(e) 詩や神話といった象徴的次元と美観を備えた製品をデザインするマネジメント上の利点


機能や性能というよりも、製品の“外観(かたち)”が醸し出す象徴的な次元(神話を想起させるような詩情を湛え、ユートピアを寓意することによって様々な情緒を喚起しつつ、心理学上の安寧さをもたらすような次元)をユーザーに強く訴えることで、以下の(f)のような国際見本市等を通じての知名度上昇(プロモーション)効果が見込めます(pp.35-36)。

(f) 新聞・テレビではなく、国際見本市を通じてのプロモーション


デザインプロジェクトの成果を目利きのバイヤーがいる国際見本市に出展することで、自社の知名度を上昇させることができます。デザイナーのE.マーリは、「ブルネルスキの建築を理解できる人は少数であり、一般に、クオリティの高さが分かる人は少数である。」と述べていますが、その意味で目利きのバイヤーの目に留まることが企業プロモーション上重要です。一般の人の目は、デザインに関して肥えていませんので、一般人を対象にしてデザインを評価するならリードユーザー分析が有効でしょう。


(f-1)象徴的次元への登録


一般に競争というのは、財務上のみならず象徴的次元でも行われているのであり、上記の象徴性と美観を備えた製品を国際見本市市場へ出展することで、当該企業を象徴的次元(象徴界)に登録することができます(pp.80-81,151-152)。


(f-2)自社の企業アイデンティティの決定


当該企業にとって資産となるような象徴性と美観を備えた製品は、企業アイデンティティを決定し得ます。かくしてデザイナーは、過去の製品モデルを美学の観点から系統的に把握しておく必要があります。言い換えれば、デザイナーの思い付きによるデザインは否定されるのです(pp.224-225)。
なお、製品の外観(かたち)と対立するのが、内容(コンテンツ)であり、外観(形相)⇔内容(質料)の対立で製品の世界を眺める仕方は、(かたち⇔機能の対立関係から)外観(形態)が機能に従う、とするドイツの合理主義的な設計思想を乗り越えて出てきたものです(p.37,96,115)。これは、1959年にネオリバティ様式の展示会を、Gアウレンティらの建築家が提案したことからも明らかで、とりわけ機能重視の合理主義を提唱したウルム造形大学の試みは、反感をもって眺められています。

(g) 市場調査というよりもビジョナリー/ブルースカイリサーチ

デザイン起業家は、自社内部に設立したデザイン研究所でデザイナーらが実現したいことを技術的にサポートできるように、世界中の見本市で新たな技術情報を収集しつつ、見本市での現在のトレンドに基づいて将来のライフスタイルを予見するような調査(ビジョナリーリサーチなど)を行い、それらの調査結果をデザインプロジェクトに反映していきます(具体的にはB&B創業者のブスネッリィの行動)。言い換えれば、個々の消費者のニーズに捉われません。なお、将来トレンドに加えて、デザイナーの直観もデザインプロジェクトでは大いに採り入れられます(pp.67-68,86-88)。なお、以下でビジョナリーリサーチ/ブルースカイリサーチを説明しましょう。トレンドには、技術トレンドと社会トレンドがあり、デザイン起業家のカッペリーニ、デザイナーのソトサス、ファッションデザイナーのR.ジジなどは、世界中を旅行して様々な民族の生活様式からこの潜在トレンドを直観してきました。潜在トレンドが顕在化するかどうかは、その潜在トレンドが、人権・平等・自由といった普遍的な理念を兼ね備えているかどうかによって決定され、兼ね備えていれば、積極的にそのトレンドを採り入れていきます。

(h) 一般人の生活環境デザイン能力を育てるためのインテリア雑誌の発行


デザイン起業家は、デザイナーとエンジニアとの間を仲介してデザインプロジェクトの舵取りを行いつつ、インテリアや住居に関する雑誌を発行して、一般ユーザーのインテリアデザイン能力を育成してきました。これは言い換えれば、マーケティングの言いなりになって悪趣味(キッチュ)でクオリティの低い製品を購入することがないように、人々の美的判断力を醸成するということであり、そうすることで人々は、自らのテイストに自信を持つことができます(p.174)。

(i) デザイン起業家は、デザイナーから評価・信頼されるような人間的魅力を備えている


デザイン起業家は、デザイナーから三下り半を突きつけられないだけの人間的魅力と美学や美術史の教養を備えているべきで、教養があることによってデザイナーとの対話が可能となり、また、有能なデザイナーを発掘することもできます(第5章1.2節)。なお、カネ払いが悪ければ、デザイナーは他のデザインプロジェクトに移ってしまい、結果として最終製品のクオリティが下がって、目の肥えたユーザーに見抜かれますので、そういった悪循環に陥らないように彼らデザイン起業家は注意しています。

こうやってみてくると、商品やサービスの付加価値の源泉は、顧客ではなく、デザインだということが分かります。顧客との価値共創顧客満足度の測定といったことに力点をかけるよりも、徹底的にデザインを活用してクオリティの高い製品を作る時代です(マーケティングよりもデザインの時代[*])。社内では、常時、デザインプロジェクトが幾つも走っているようになると良いでしょう。そのためには、現在の三つのCEOに加えて、最高デザイン責任者(デザインCEO)を企業内に設置しましょう。最高デザイン責任者は、P.リッソーニを主任デザイナーにしたCassina社ではないですがアートの教養を備えた最も優れたデザイナーを任命し、新任のデザイナーの採用から、デザインプロジェクトのチーム編成など全ての権限を持たせましょう―そうしないと当該企業のデザイン戦略が無茶苦茶になって滅びます(友達人事をすると滅びる)。かくしてデザインを経営管理の対象とするのがデザインマネジメントなのではありません。むしろデザインが経営全般を管理するのですーそうすることでクオリティの高い魅力的な製品やサービスが創れます。

[*]顧客は10年先の未来の生活様式についていつも考えているわけではないので、将来の生活様式を直観できるのはデザイナーの方です。

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