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探し物は探さないほうがいい

 探し物は何ですか見つけにくいものですか、と井上陽水は歌っているが、これは割と真理なんじゃないかと思う。このあと、それより僕と踊りませんかなどと宣う段になり「何を言うとるんじゃこっちの気も知らずに」となるわけだが前半部分は共感の嵐、誰しも同じ経験をしたことがあるのではないか。

 無駄が嫌われ何かといえば合理化の叫ばれる時代には逆行するかもしれないが探し物は探さないほうがいい。積極的に「探す」というのは解を探し求めるうえで当然の行為に思えるが反面、視野が限定的になり、探していないものを見落としがちになる。
 有名なバスケットボールの動画を使った実験がある。白いTシャツを着たチームと黒いTシャツを着たチームとが、パスし合っている動画を事前に「白いチームが何回パスを出したか数えなさい」と指示してから見せると、見る側はもちろん白チームが何回パスをするかを懸命に数えるわけだが、この動画では白チームがパスをし合っている間にゴリラのぬいぐるみがコートを移動している。不思議なことにパスの回数にばかり気を取られていると、ほとんどの人はゴリラの存在に気づかないらしい。こういうことが探し物をしている時にはよく起こっているに違いない。

 だから探し物は探したらダメなのだ。井上陽水はそのことを歌っている。

 探し物があれば探す。合理的に考えればそれが正しいし無駄もないように見えるが実はそうではない。探し物があるなら探さないほうがよく、もしかすると踊りを踊っているくらいのほうが見つかりやすいのかもしれない。だから、それより僕と踊りませんかなどと宣う段になり「何を言うとるんじゃこっちの気も知らずに」となるのも、まだまだ真理に程遠い愚者の行いなのだ。踊ってしまうくらいの余裕がないと見つかるものも見つからない。しかし、一方でこの余裕は余裕のない者から目の敵にされてしまう。こっちはこんなに頑張ってるのにあの人は何もしないで腹立たしい!となる。その気持ちは僕にもわかる。しかし、無駄かつ非合理的であることが生み出すものがあることも知っている。

 僕はラジオの番組制作の仕事をしており、この仕事は放送に使えるネタを探すのがなかなか大変なのだが、「何かネタはないか」と探すモードで新聞やネットをチェックしても想定通りのネタしか拾うことができない。新聞にしろネットにしろ、もっと漫然と全体を眺めておかないと思いがけない面白さには出合うことができない。自分にとって得になるとかならないとか、ネタになりそうとかなりそうにないとか、私の担当している番組とは関係ないとかあるとか、そういう余計なフィルターはできる限り除去したうえで読むべきだ。それはネタを探すよりも何倍も時間を費やすものだが、そうやってしないと本当に面白いものには巡り合えない。面白いネタを探して面白いネタを見つけられるほど僕はセンスがよくない。無駄を削いで合理化を推進すればするほどラジオは面白くなくなるし、それはきっとラジオに限った話ではない。

 しかし残念ながら世の中は、そういうやり方を是としない雰囲気にどんどん突き進んでいる。実に嘆かわしい。だいたいがラジオなんてものが別に無くても困らないものなのに、そんなものを作るのにどうして無駄を取り除いて合理性を求めなければならないのか。アホである。震災以降、災害時のラジオの重要性が語られるようになり、そのこと自体を否定はしないが、有事に限らずラジオのいいところは、本来別に必要ないものであるというところにあるはずだ。それは新聞やインターネットにも言える。
 
 無駄を失くし、合理化を求めていけば、人は食って出して寝ることしかしなくてよくなってしまう。それ以外のものはだいたい不要不急である。音楽もレジャーも旅も芝居も漫才も落語もすべて別に要らないものだから面白いのであり、それらが「俺たちは不要不急だ!」と声高に叫ばないとやっていけないような世の中は、そっちのほうがおかしいのに、コロナ禍を経験した世界はどういうわけか、そっちの世界にシフトしてしまった気がしないでもない。ちゃんと揺り戻しがあればいいと思う。

 ずいぶん話が逸れたような気もするが、話が逸れるのもまた無駄の効用であり、逸れた先の話のほうが面白かったということもよくある話だ。ラジオに誰それが何かしらの宣伝のためにゲスト出演をする際、宣伝に関わる話は別に面白いわけではなく、雑談にこそ面白みが凝縮されているものであり、本来、そこで人間性の面白さを伝えられれば最上であるはずなのに直接的に告知をせねば気が済まない合理主義者がいるおかげで面白みが半減してしまう。そっちが求められるが故に制作サイドまで「無駄な」雑談タイムを削ぎ落としてしまうという悪夢が蔓延ってしまう。
 
 ややこしくなってきたから、いったん僕と踊りませんか。

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#井上陽水 #夢の中へ #無駄 #合理化

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