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エッセイ『元野球少年の憂鬱』

 最近は野球関連の言葉が流行語大賞になることが多い(神ってる、トリプルスリー、リアル二刀流など)ので、今年もたぶん、「村神様」が大賞になるんじゃないかと思うんですが、「たぶん村神様やで」と妻に言うと「そんなん私、まったく知らんで」と返されました。私の場合は上記のような理由で「村神様」を推しているのですが、野球ファンのなかには純粋に「今年は村神様で決まりやろ」と思っている人も多いにちがいない。まだまだ日本という国では野球は国民的スポーツ扱いなのだ。

 高校球児でした。小学3年から高校3年まで野球一筋。ずっと丸坊主でした。野球少年は丸坊主というのは、あれはどういうワケなんでしょうか。あれのおかげで他のスポーツへ去っていった運動神経抜群の少年は多いんじゃないかしら。大人になって思うのは、野球は金がかかるということです。ユニフォームを別にしたら、サッカーやバスケット、バレーボールなどは、最悪、ボールさえあればなんとかなりますが、野球はボールとバットが無いとどうしようもない。グローブも要る。もう、その時点で他のスポーツより金がかかるうえ、ユニフォームもアンダーシャツやストッキング、ベルト、スパイクと全部揃えようと思ったら十数万では済まず数十万必要なのではないかしら。どんどん貧しくなっていくこの国で、野球は今後、フィギュアスケートみたいに選ばれし金持ちしか、やりたいとさえ口にできないスポーツになっていく気がする。

 思えば私は、両親に随分と金を使わせました。ピッチャーミット、ファーストミット、外野用とポジションが変わるたびに買ってもらったし、バットも何本か買ってもらった。思い返せば泣けてくる。プロ野球選手にならない限り、野球をやっていたことなど、将来的にそのスキルが役立つことなどないのだから、両親は我が子の「現在」のために金を支払っていたことになる。将来への投資ではなく、です。そりゃあ、まったく未来に繋がらないということもないでしょうけど、それでも、今の自分のことを考えてみたら、我が子には、ついつい「将来の役に立つのか」ということばかり問いかけてしまっている。これも貧しさのゆえではあるまいか。

 と、なぜ、こんなに野球のことを考えるのかとえば、全正舎運動具店という、野球道具の専門店へ行ったからです。堀川七条を少し東へ入ったところ、村瀬本店っていう肉の店があり、その筋を少し北上、「え?ほんまにこの路地の奥に店があるの?」っていうくらい、細い路地にだまされたと思って入ってみたら暖簾も看板も何もないけど、ちゃんと営業している「全正舎運動具店」があるのです。運動具店といっても、扱っておられるのは、ほとんど野球用品ばかり、野球用品といっても、扱っておられるのは、ほとんどグローブばかりです。店内にはグローブが所狭しと並んでおり、あの懐かしいグローブの匂いが鼻を刺します。堅い堅い新品のグローブの土手のところにボールをパンパン当てていた、あの時の少年時代の私はといえば、両親にあんなに金を使わせておきながら、好きな女の子に夢中になり、ろくに練習には身が入らず、くずみたいな高校生活を送っていました。あの頃、もう少し、野球に熱中していれば、という思いがグローブの匂いとともに蘇ってきたのです。プルースト効果です。

 七条通り界隈の野球少年や、京都市内の草野球おじさんたちのなかにも、全正舎運動具店でグローブを購入している人がいるらしい。グローブを柔らかくしたり、修理したり、道具を大切にする人のことをサポートしてくれる素敵なお店。使い込んで手になじんでいくほどに使いやすくなっていくのがグローブです。我が子が野球をはじめたいと言い始めたなら、私は全正舎運動具店でグローブを買ってやりたいが、正直なところ、野球をやりたいなどと言い出されたら困ってしまう自分もいる。これは元野球少年として、なかなか悲しい。

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