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家康になりたくてもなれないワケ

 読売新聞『編集手帳』によると、徳川家康は30歳の頃、武田信玄に大敗を喫しました。籠城を勧める家臣の声に耳を貸さず、決戦に打って出たのですが、結果は敗北。城に帰った家康は、敗軍の将の顔を描かせ、慢心の戒めにしたといわれています。異説の研究も進んでいるそうですが、どうせ働くならこの説の家康みたいな上司のもとで働きたいですよね。一般的な、私が近くでよく見かける上司は、まず、敗北の責任を負おうとしません。敗れたという事実よりも何よりも保身を優先させ「僕は悪くない」と主張します。いや、その前におそらく決戦に打って出ることはしないでしょう。だから結果的には負けることもないから問題は無いともいえますが、まず第一に「事勿れ主義」を徹底させ、何かが起きてしまった場合は「保身」に走るというのが、よくあるパターンといえるでしょう。そういう人ばかりだからこそ、失敗を認め、忘れず、次の成功への糧とする家康の姿勢が賞賛されるのでしょう。なかなかできることではないから、理想の上司への期待を込めて、多少の脚色込みでこの説は流布したのかもしれません。

 残念ながら家康タイプはなかなかいません。なぜいないのかといえば、諸説ありますが、一説には、失敗を認めてしまったらその時点で出世が遠のき、そういう人物が偉くなれない構図ができてしまっている、ということが挙げられるでしょう。こういうシステム下においては、何か行動すればするだけ隙が生まれて失敗をしてしまう可能性が高まります。将棋は何も動かさない最初の陣形が最も隙のない完璧なカタチなのだそうです。失敗を恐れる世界では、できる限り元の陣形を崩さないようにしたうえで、何かの拍子に失敗してしまった暁には、二重三重に責任を回避する手段を講じておくということが必要とされ、その戦いに勝ち残った者が晴れて出世するわけですから、そんな世界で面白いものができあがるわけがありません。昔から、多くの偉人が「失敗は成功のもとだ」という意味の言葉を残していますが、それは失敗してもいいという余裕のある場合に限られます。余裕なくギリギリの状態では、失敗は成功のもとだなどという悠長なことは言っていられないのです。では、失敗できる余裕を生み出すのかといえば、決してそちらの方向へは進まず、むしろ、余裕は無駄であると判断し、極力排しようと動きます。それが「合理的である」とします。そういう場所で果たして面白いことが生まれるでしょうか。なんてことを口にしようものなら「甘えたことをぬかすな」「根性で乗り切れ」「好きでやってる仕事に報酬を求めるな」というエセ正論が返ってきたりするのです。環境が整わないとなりたくてもなれないのが家康なんでしょうな。

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