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読書の記録 筒井康隆『パプリカ』

 令和5年最初の東京旅行のお供は筒井康隆『パプリカ』。フーリンの「パプリカ」が流行った頃、「やばい方のパプリカです」と書店のポップに書いてありました。

 精神医学研究所に勤める千葉敦子は同僚の時田浩作と二人でノーベル賞の候補になっているほどの研究者です。めちゃくちゃ美人で非の打ち所がない女性ゆえ、その才色兼備を妬む者も周りには多い。女性を見下す男性にとっては、その容姿の美しさも研究者としての才能や実績も鼻持ちならなかったりする。

 そんな千葉敦子には秘密の顔がありまして。それが「パプリカ」。他人の夢に侵入する「夢探偵」です。心に闇を抱えた人の夢に侵入し、その悩みの根源を突き止め、やがて心に平穏をもたらす、というようなことを行ってもいるんですが、他人の無意識下に影響を及ぼすこのやり方は「倫理的にどうやねん」と少なからず否定的な意見もあるため、表立った活動は控えています。

 この千葉敦子(パプリカ)が、物語に登場する男という男の羨望の的であり、もてまくる理想的女性として描かれていて、彼らのお望み通りの行動を起こしたり、理想的な思考回路だったり、まぁ、つまり、かなり「ご都合主義的」といいますか、そういったところは発表当初から批判的意見も多かったんだそうですが、これはおそらく、故意にそのように書いているんですよね。たぶん。私が読んでいても、「そこでそうなっちゃうわけ?」っていう展開がありまして、特に令和5年の今読むと、いろいろNGな描写もあるんですが、おそらくそれは当時既にアウトであり、それでもわざとそのように描いたんだと思うんですよね。

 その千葉敦子が時田浩作と共同で開発した「DCミニ」という強力な最新型精神治療テクノロジーが、これまたとんでもないサイコな代物でして副作用としてとんでもない事象が巻き起こってしまうんですが、この「DCミニ」ってやつが、これまた他人の夢に行き来できたりするもので、物語はやがて、現実と夢を往来しつつ飛躍していくというわけで。

 夢というのは、現実世界で既に「なんでもあり」ですから、フィクションでこれを取り上げるのは意外に難しく、古くはハイスクール奇面組が夢の扱いを間違ったせいで、多くの読者をがっかりさせましたし、記憶に新しいところでは昨年のM-1グランプリのオズワルドのネタは夢を扱いきれなかったところがあった気がします。なかなか難しいところがあると思うんですが、その「夢」を舞台にして、荒唐無稽破天荒奇妙奇天烈なSFエンタメ小説に仕上げた筒井康隆はやっぱりとんでもない作家なんやなと思います。

 この作品に出てくる小山内という、美男子がいて、この男が千葉敦子に抱いている愛しているのにその才能に嫉妬して憎悪もしている、っていう男の性質が、人間のクズといっていいんですが、本当に残念ながら、自分でも死にたくなるくらいに腹立たしいんですが、自分にもこういう性質があるように思うんです。そういう性質のある(認めたくは無いですが)私のような男にとって、パプリカの描かれ方って典型的な理想像なんです。だから、筒井先生は、僕のような残念な性質をもつ男の、その残念な性質をくすぐり刺激するために、わざとパプリカをあのような女性にしたのではないか、と思うんです。そう考えれば考えるほど、私はこの小説を読んで死にたくなるし、こんな滅茶苦茶な物語なのに、ぐいぐい本質を抉ってくる、ものすごい後味の悪い小説でもあるのです。素直に笑いながら読み流せるような人間でありたかった。僕は残念な男なのです。その自覚を出発点として、禊ぎの人生を今送っているのです。

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