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短編小説『我が社の多様性社会』

 「大橋さん、この記事コピーしてくれる?この多様性社会のこと書いてるやつ」そうやって中島さんが私に指示をするのが悲しい。なぜ悲しいのかといえば大橋さんと呼ばれることが悲しい。だって少し前まで私は愛嬌しかないコロちゃんという名前で呼ばれていたからだ。コロちゃんがなぜコロちゃんなのかといえば小太りでコロコロしているから。コロコロ転がりそうだからストーンズと呼ばれていたこともあるが複数形でややこしいからコロちゃんに落ち着いたしその可愛らしさを私も気に入っており、小太りの自分がありのままの自分を認められたような気がして嬉しかったのにもうコロちゃんと呼んでくれなくなったのは、まさにいま中島さんがコピーを頼んできた記事に書いてある多様性社会の煽りを受けたからである。人の見た目を揶揄するようなことを発してはいけないとかいう論調のおかげで私はせっかく手に入れた愛らしいニックネームを捨てられることになってしまった。

 何回かコピーを失敗してから中島さんの指定した記事をコピーしてもっていくと「おおきに、ありがとう。あとコーヒーも頼むわ。僕と長江はホットで山ちゃんは冷たいやつ」コロちゃんと呼んでくれていた頃よりも中島さんはどこかよそよそしい。雑談の最中も一瞬私の容姿をいじる流れができそうになりこちらはウェルカムなのにいつもそこにいる誰かがその空気にスイッチを入れて違う話題に切り替えてしまう。私が苦笑いをしていると「オレはわかってるよ」という顔をして長江さんが「大橋さん、ほんまにごめんね。中島さん、相変わらずそういうところ無神経やからいまだに前までのノリでいこうとするから僕らも困ってるねん」なんて言ってくるからいやいや無神経なんはそっちなんです、私のこと誰もなんにもわかってませんねと一言申し上げたくなるんですが、かといって「私はどんどんいじってほしいと思ってるんですけどね」と言ったところで「いやいや大橋さんがいいと思っててもこれは社会がそういう流れじゃなくなってるんやから変えていかないといけないよ」と諭される始末だ。

 「大橋さん、給水器の水が無くなってるから入れてきてくれへん」今度はスタッフの山ちゃんこと山本さんに言われて私は給水器の水を入れにいく。ああ、一昔前ならあせあせしながら私が水を汲みにいったら「歩かんでも転がっていったほうが早いんとちがうか」などと言われて一笑い起き、場の雰囲気が明るくなるところなのにコロちゃんではなくなってしまった私は、もうただの要領の悪い女性スタッフになってしまった。あれ。そういえばコーヒーは誰と誰がホットで誰の分がアイスだったか忘れた。どっちも3つずつ作っていって余った分は自分で飲もう。

 「大橋さん、掃除しといて」「大橋さん、書類の整理頼むわ」「大橋さん、電球換えといて」ミッションが私へ次々与えられる。多様性社会を生きるのはなかなか難しい。

#令和4年1月22日  #コラム #エッセイ #日記
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