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短編小説『玉木とタマキ』

 え、自分、パンクやってるのに与党寄りなんや、ってびっくりしたのが玉木の言動でして、言い方は悪いんですけど箸にも棒にも引っ掛からないようなパンクバンドを15年くらい続けていてそれなりにファンも多いとは本人も言うてますし、齢四十を越えてまだ売れたいとか、どこまで本気なんかわからんことをつぶやくおっさんなんですけど、話をよくよく聞いてみたら昔っからパンクにしろロックにしろ、思想でいうと割と左の人が多いやろ、オレの住んでる左京極区なんて名前の通りの左派ばっかりやからな。たまに下賀茂神社の森でライブとかすることあるやん、客も出演者もみんな左やからびっくりするで。ああいう会場でライブしてたらなんか変な気分になるねん。こんな演者と客が思想を確認し合うライブになんの意味があるんやろうってな。まぁ、オレの場合はそんなことがある前から政治的には右やけれども。そやからこそ気になるんかもな。なんか気持ち悪くてな。それやったら左派で政権批判ばっかりのパンクバンドロックバンドの中にあって政権を支持するほうが、憲法改正を叫んで軍事力を保持することに賛成したほうが、そのほうが実はパンクでロックなんと違うかなー、とかなんとか玉木は言うてるんですけど、そんな玉木が昔っから右寄りやったんかといえばそんなことは無いというのを私は知っておりまして。それこそ玉木とは学生時代からの付き合いですから、もとがどういう人間なのかということはよーくわかっているつもりです。ですから冒頭の「え、自分、パンクやってるのに与党寄りなんや」っていう私の発言も玉木に対する多少の嫌味が含まれていたわけでございまして、そういうところが私の京都人たる所以でございます。

 玉木には最近、女ができました。どこぞのライブハウスに対バンを見にきてた女の子で玉木の一回り年下くらいなんですかね。ライブしてたらマスクもしないで最前列に来て玉木のバンドの音で乗りまくってたのが嬉しくなって終演後に話しかけたらしいですわ。玉木はマスクを着けてたんですけど、それは仕方なしに世間の雰囲気に同調してただけでして、その女の子、これが偶然、下の名前がタマキちゃんやったんですけど、まったくマスクを着ける気配すらないタマキちゃんが男前すぎると思ったみたいで、そこからどういう風に持っていったんか知りませんけど、それがきっかけで二人は交際をはじめることになりました。このタマキちゃんが聞いてると、とにかく捻くれててマスクをしないのも世間に迎合しないため。化粧もしない。ブラジャーも着けない。タバコはパカパカ吸いまくるし朝から晩まで酒も飲みまくるし、側から見てたら異常な女なんですけど、そのタマキちゃんが玉木と交際することになったのは、たぶん、玉木のバンドが売れてないからなんですよね。全然売れてないおっさんバンドのボーカルと付き合うというのが、タマキちゃんなりの捻くれ方なんでしょう。玉木がそれに気づいているのかはわかりませんけど、そんなタマキちゃんとの交際が長くなるにつれて玉木もどんどん捻くれるようになり、玉木は政権支持こそがパンクという結論に達したらしい。

 この玉木の方針転換に、バンド立ち上げ以来、二人三脚ならぬ四人五脚で苦楽を共にしてきたギターとベースとドラムはバンド脱退を決めましたので、玉木は今、弾き語りで全国津々浦々を旅して回っているんですけど、どこに行ってももてはやされるのはタマキちゃんのほうでして、訪れるライブハウスごとに酒を飲みまくってお金を落としていくものですから、玉木はタマキちゃんのおかげで全国行脚できているといっていいわけなんですけど、行く先々でインボイス賛成!とか改憲改憲改憲改憲!などと叫ぶ玉木をいくらタマキちゃんが金を落としてくれるからといっても周りの一般人が本当になんとも思っていないのかが不思議でならないんですけど、つまり、本当になんとも思っていないから売れないわけで、売れないからこそタマキちゃんが一緒にいてくれるわけで、イビツであっても世の中は実にうまいことできているものだなーと思う次第でございます。

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