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短編小説『右の奥は逆手』

 「3ヶ月なんてあっという間ですね、そうそう、聞きましたよ、今回は歯間ブラシを買いにきてくれはったんですってね。つまようじではやっぱりキレイに除去はできないですからね。そうやって奥井さんが少しずつ歯のことを気にかけるようになってくれてるのが私はとても嬉しいです。さ、今日も診ていきましょうか。眼鏡をお預かりしますね。ええ、ええ、そこに横になってください。あ、マスクは外しておいてもらわないとお掃除するとき濡れちゃうかもしれないのでね。今回は歯間ブラシを買いにきてくれてはったということで、どんなもんか、ちょっと期待してるんですよ。3ヶ月って長いような短いようなですね。私も今度の3ヶ月後、だからえっとー、7月やね。7月には奥井さんにもう少しスリムな身体をお見せできるようにって思ってるんですよ。うふふふふ。そうそう、ダイエット。いえいえ、別に何があるってこともないんですけどね。あんまり気にしていなかったらいつの間にかけっこう太ってきちゃってたものですから。ほんとに歯も身体も同じですよね。放っておいたらいつの間にか悪くなってるし、その悪くなってるのが知らずうちに当たり前になっちゃってるから気づかないんですよね。だから自分との対話って大事なんですよ。はい、大きく口を開けてくださいねー。あ、奥井さん、ほんまですね。頑張ってますね。はじめてここにお越しになられたのは確か去年の5月だったと思いますけど、あの頃の歯に比べたらずいぶんと歯と歯の間にしっかり隙間ができてますし、綺麗です綺麗です。私が言うまでもなくちゃんと対話しておられますね。はい、じゃあお掃除していきましょうね。うんうん、はいはい・・・・奥井さん、この3ヶ月の奥井さんのよかったところと悪かったところが見えましたよ。よかったところは左半分。こっちは奥歯まで綺麗に磨けてます。奥のほうまで完璧ですね。あ、でも今日のお昼は何ですか?ネギが挟まってますね、ラーメン?ああ、そうですか、九条ねぎやね。魁力屋ですか?うふふふ、やっぱり!私もたまに行きます。食べてすぐのネギなんかは別にすぐ取れるからいいんやけどね。問題は右の奥歯、こっちは磨ききれてないです。やっぱり右を磨こうと思うとどうしても逆手になるから奥のほうまで歯ブラシが届きにくいんだと思います。コツはね、あんまり口を開けないことなんです。逆に思うでしょ?でもね、ちょっと大きく開けてみてください。ほら、届かないでしょ?でも今度はちょっと口を閉じて・・・ほら!奥まで入るでしょ?これがポイントです。私もそうなんですけど右の奥は逆手で磨くから届きにくいのはあるんですけど、そこをひと手間ひと工夫、ちょっと口を閉じるだけで届きやすくなるから今度はこれを覚えて3ヶ月後に会いましょうね。私もスリムになってますからね」でも先生、オレ左利きやし右の奥は逆手じゃないねん。そやのになんでなんやろか。

#令和4年4月8日  #小説 #短編 #短編小説
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