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エッセイ『アレをアレする』

 「アレ」とは「優勝」のことである。去年の今頃までそんな意味はなかったはず。いや、実は岡田監督はオリックスの指揮を執っていた頃にも選手に意識させすぎないために優勝のことを「アレ」と表現していたそうですが世間に認知されたのは今年からでしょう。
 サッカーの応援などでは「オレ」のほうが馴染み深いですが、あれは「見事だ。しっかり。いいぞ」などという意味があるらしい。
 先日、「涌井さん、コーヒーはアイスかホットかどちらがいいですか」とLINEで問われ「アイスでお願いします」と答えたところ、返事が「アレにしときます」だったので、もはや「アレ」は「優勝」という意味を逸脱しまくり、様々な場面の様々な用途で使われるようになったわけですが、いや、ちょっと待て。本来、「アレ」は様々な場面の様々な用途で使われていた言葉であり、その汎用性の高い代名詞に「優勝」という意味を持たせてそのうえ実際に「アレ」を実現させてしまった岡田監督は名将といえるでしょう。

 本日の毎日新聞『火論』によると代名詞を積極的に使うのは、日本的コミュニケーションの特徴でもあるらしい。文化人類学者のエドワード・ホール氏の著書『ビヨンド・カルチャー』(1976年)によると、日本など一部のアジアの国は、はっきり言わずに全体の文脈で意思疎通を図る傾向があり、言葉で明言しなくとも、代名詞や婉曲的表現、非言語的ふるまいなどを総動員して理解し合うということです。

 長年連れ添った夫婦なんかは、「アレってどうなってた」「アレってどれ」「アレやんアレ」あーアレ。アレはアレしといたよ」「ほんまに!よかったー。アレは今日中にアレしておかないといけなかったから」で通用したりする。なんてのは大間違いで、この会話の直後、「アレはアレしといた」と言った夫が必死に頭を回転させて「アレをアレする」の答えを探すのです。だいたい見つからなくて後で怒られる。

蠱惑暇(こわくいとま)

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