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トラックの中の女【怪談・怖い話】

雨が濡らす峠の夜は、重苦しい霧が漂うかのように、時折冷たい風が怪しげな物音を運んでくる。トンネルを抜けると、そこには不気味な静寂が漂っていた。運転手のトーマスは運転席で居眠りしそうになるのを堪えながら前を見つめていた。だが、そのとき助手席の窓ガラスに何かが映ったのに気づいた。

曇った窓の外には、長い濡れた髪をなびかせた若い女性の姿があった。彼女の衣服は、まるで夜露に浸されたように透け透けだった。トーマスは呆気にとられた。

「峠を下りるまで乗せてください」

女は静かに言った。口をつぐむと、再び無表情になった。

トーマスは胸がざわめいた。女の姿は幻想的だったが、彼女の目は悲しみに満ちていた。この峠では10年前、ある惨劇があったと聞いたことがある。

「分かりました。どうぞ乗ってください」

トーマスは助手席のドアを開けた。女がトラックに乗り込むと、トーマスが室内灯の光にさらされた彼女の足元を見て、息をのんだ。

女には影がなかった。まるで幽霊のようだった。だが、トーマスは恐怖よりも同情心の方が勝った。

トラックは峠を下り、次第に薄暗い街路に入っていった。しばらく黙っていた女は、前方の交差点を指さした。

「ここで」と彼女はつぶやいた。

トーマスはトラックを停めると、女性を見た。するとまた奇妙な光景が目に入った。女は微かに瞬いていたが、やがて姿が完全に消えてしまったのだ。そしてどこからともなく「行きます」という声が聞こえた。

トーマスは、あの出会いが単なる幻覚ではなかったことを実感した。3年後、娘が生まれた。明るく活発な女の子に育ち、愛すべき存在だった。

ある夜、トーマスが娘の寝顔を見つめていると、娘が目を覚ましてトーマスの手を取った。

「ありがとう。あなたがあの時助けてくれたから、私は今ここにいられます」

娘の口から聞いたその声は、まぎれもなく峠の女の声だった。あの魂は、トーマスの娘の命となって蘇ったのだ。トーマスは胸の痛みを覚えた。あの女性の魂は、間違いなく新しい命を望んでいたのだと。

トーマスは、尊厵な魂の赦しと再生を目の当たりにした。そして自身の人生を見つめ直すきっかけを得た。

かつての悲しい過去を背負いつつ、前を向いて希望に満ちた未来を歩んでいく。誰もが等しく新たな命を手にできる――

トーマスにはそう思えたのだ。


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