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量子的人形論【怪談・怖い話】

これは、友人から聞いた話だ。

彼は人形作りが趣味で、週末になると自宅の小さな工房で精巧な人形を作っていた。材料を選び、顔を彫り、細かい表情まで丹念に作り上げる。その作業は、まるで人形に魂を吹き込むかのような慎重さと集中力を要したという。

ある日、彼は新しい人形を作り始めた。特に目元にこだわり、どこか憂いを帯びた表情に仕上げたのだという。だが、その人形が完成した後から、彼の周囲で奇妙な出来事が起こり始めた。最初は小さな異変だった。例えば、工房に置いていた工具の位置が勝手に変わっていたり、何も触れていないのにドアが僅かに開いていたりした。しかし、彼はそれらを気に留めなかった。

次第に、彼は夜中に人形の声を聞くようになった。初めはかすかな囁き声で、まるで誰かが耳元で話しかけるような感覚だったという。寝不足が続いたせいかもしれないと自分に言い聞かせながらも、心の中に不安が膨らんでいった。

ある晩、彼は眠りに落ちる寸前、人形の目が自分を見つめているのに気づいた。まるでその目が彼の心を読み取ろうとしているかのように。背筋に冷たいものが走り、彼はその場で飛び起きた。翌日、彼は人形をしまい込もうと決意したが、どうしても手放すことができなかった。その目には、彼自身の不安や恐れが映し出されているように思えたからだ。

それから数日後、彼の工房に異変が起こった。壁にかけられていた時計が突然落ち、ガラスが粉々に砕け散った。彼はその場に立ち尽くし、そしてゆっくりと視線を人形に向けた。驚いたことに、その人形はかすかに微笑んでいるように見えたという。

彼はその瞬間、自分の心が人形に何かを投影してしまったことを悟った。人形に込めた憂いの表情が、自分自身の恐れや不安を引き寄せ、具現化させてしまったのではないか、と。そしてその恐れが現実となり、工房に怪異現象を引き起こしていたのかもしれない。

最終的に彼は人形を焼却することに決めた。その人形が消えてからというもの、工房での異変はぱったりと収まったという。

この話を聞いた時、私は彼の顔に残る影に気づいた。まるであの人形の目が、まだ彼の心の奥底を覗き込んでいるかのような表情だったのを、今でも覚えている。

[出典:538 :490:2007/04/26(木) 19:14:47]


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