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舞々辻【怪談・怖い話】

俺が育った町は、ほんの半世紀ほど前にあっという間に住宅地ができあがったニュータウンでしてな。それまでこの町は、のんびりとした田舎で農家の人達がゆったり暮らしておったげなりよ。ややこしくてうじうじしたアナグラ道路、その名を舞々辻(まいまいつじ)と呼ぶげなり。いでよ格子状に見えるが、決して本当の格子ではなく、何十年住んでても迷子になりかねない道だ。同じような家並みばかりで、どの角を曲がったか分からなくなるのは至極当たり前のことじゃわい。

新興住宅街となってからは舞々辻の名は改められたが、俺が娘だった頃は老人達が昔の呼び名を使っておった。彼らに言わせりゃ、敵の襲来に備えた迷路のような地形で、簡単には攻め込まれへんってわけじゃ。

その脇に小さな神社があってね、幼なじみの子らとよく遊びおったわ。夏になると、せみをとったり木に登ったり、母ちゃんに柏餅を作ってもらったりね。神主さんの姿は滅多に見かけず、年に一度のお祭りの時だけ正装しておられた。

俺は、毎晩のように舞々辻の八百屋さんで豆腐を買いに行くように言われてね。豆腐なんて八百屋で売っとったけどね、へへっ。田舎ものだからね。夕暮れ時に頼まれると、ちょっと怖かったから舞々辻は通らずに回り道して行っとったんじゃが、その日は舞々辻の道を歩いとったのよ。朝からの雨で、街灯の光はあてにならん暗さ。周りの民家からは、人の気配を感じる淡い明かりが漏れはするものの、雨に潜む音で不気味な雰囲気ばかりが漂っとったのう。

そんな中を、こわごわと俺は歩いていった。「この角を曲がれば八百屋さん」と安心したその時、目の前に人影が。「あれ?」と首をひねったが、視界が悪く誰かは分からず。その人物の背中をぼんやり眺めておったが、ふと気づいたのう。雨が降っとるのに、その人は傘を差しとらん。これは小雨なんかじゃあないのにな。

その人の歩みが止まり、ゆっくりとこちらに向きを変えようとした時、俺の直感が警告を発した。「見てはいけない」と。でも、足が動かず、その場に釘付けじゃった。やがてその人は、俺の方に向かい合い、うつむいた顔を上げかけた瞬間、俺は走り出した。傘も鍋も放り出して。「もうすぐ八百屋さん、そこへ行けば助かる!」

でも、どれだけ走っても八百屋の明かりは見えぬ。「道を間違えたか?」そんな思いで、角をいくつも曲がったが、たどり着けぬ。そして、ふと両肩をぎゅっと掴まれた。耳元で女の声が。「どこへ逃げる?逃げ場はないのに…くくく」

震える唇が耳たぶに触れんばかりに近づいた、その時、例の神社の明かりが目に入った。いつもなら無人の社務所に今日は明かりが。力を振り絞って振り解き、そこへ走った。ぎりぎりでその鳥居をくぐると、中にはおじさんが。安心した俺は、そのままそこで意識を失った。

気づいた時、社務所の中にいた。両親と、あのおじさんの姿が。おじさんは普段着だったが、あの神社の神主さんだったのね。偶々用事で神社にいて、雨が小康状態になるのを待っていたところ、俺が飛び込んで来たそうじゃ。おじさんは笑顔で俺の体験を聞き出した。

しかし、話を聞くうちにその笑顔は硬くなっていった。そして俺が話し終えた時、暫く目を閉じて黙考しておられた。そして、語り出したのは恐ろしい話じゃった。

舞々辻の由来には諸説あるが、この神社の伝承では、ここは戦国時代に惨い戦場となり、多くの民間人が虐殺された場所なのだと。特に女と子供が酷い目に遭ったそうじゃ。その後も怨霊らしきものの目撃が絶えず、雨の日に子供が行方不明になる事件が頻発した。運が良ければ遺体が川で発見されたものの、ほとんどの子は行方知れずに消え去ったそうじゃ。

だからこの神社が建立されたのだと。神社への道を迷路状に複雑に造ったのは、霊から人間を守るためじゃった。そして舞々辻という名前は、その道を迷う霊の姿が舞を舞っているようだからそう呼ばれるようになったそうじゃ。 

その後俺は、神主さんにお祓いをしてもらい、両親にも説明があり、お守りをもらった。舞々辻が怖くて、雨の日は絶対に通らなくなった。大人になり旅立つ時も、あの神社にはご挨拶に伺ったが、それでも今になってあの肩を掴まれた感触は決して忘れられぬ。


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